コア 8
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高地悠斗は昔から道徳の授業が嫌いだった。
「みんな違ってみんないい」とか
「一人はみんなのために、みんなは一人のために」とか
「みんな仲良く」とか
そういう甘ったるい言葉を聞かされるのが嫌だったからだ。
先生は言った。
「人は皆それぞれ違うからこそ、特別で、そこが良いところなんですよ」と。
みんな特別?違う。
人間には、「上」があれば「下」があり、その間に無数の「中」がある。
俺の代わりは山ほどいる。
たとえ俺自身が世界に一人の存在だとしても、俺と同じ「階級」の人間は無数にいる。
悠斗のこういったひねくれた考えを助長したのは、これまでの学校生活と、同級生の竹下雁の存在だった。
勉強も運動も、それなりにこなしてきた。
自分と同じような成績の奴らはいくらでもいた。
同じ制服、同じような流行りの言葉、ほどほどの友達付き合い、レールに乗って進む決まりきった将来の夢。
そうしていれば楽だったし、そうしているのが「普通」だった。
特別感なんて必要なかった、はずだった。
雁は昔からなにかが違った。
男の割に気が弱く、可愛わしい顔つきだったためか「がんちゃん」と呼ばれては大人にも可愛がられていた。なにがあっても変わらないおっとりした性格にも、どこか余裕が感じられた。
まるで競争心を失ったような、覇気のない態度。そんな態度でも「かわいい、かわいい」と言って許される。自由で、特別で。
もちろん、雁が意識してそういう態度をとっていたのではないことはわかっていた。だけど、まるで、自分など相手にされていない、自分とは別なのだ示されたようで、嫌だった。
雁が、代々続く大きな屋敷の息子であり、その跡取りとして重大な責任があることも、あるいは少し関係していたのかもしれない。
どちらがいいとか、悪いとかではない。ただ、進学せずに家の歴史を守っていく雁と、大学へ行って就職してそれなりの人生を進む自分とでは、どうしても差があるように思えた。
そして今、自分は大学受験でヤッキになっている時に、雁は正体不明の剣士に身体を貸して鬼退治…。
自分のことで精一杯の悠斗と違って、雁はもっと大きくていろんなものを背負っているように思えてならなかった。
わざわざ自分にそれらのことを伝えようとしてきたことも、悠斗の怒りにつながっていた。
「僕と君は違うんだ」
「僕は特別なんだ」
そう言われた気がして、悠斗には受け入れ難かった。
「雁は特別じゃない」
と言った剣士の話は意外だった。
「それでも私の核に「選ばれたい」か?」
悠斗は答えを出せずにいた。
「選ばれた」として、それで、なんになる?
俺だってわけのわからないことで消えたくない。
だけどこのままにしていたらどうなる?
雁は消えるのか…本当に…?
剣士が復活したら鬼は消えるのか。
そもそもこいつらはなんなんだ。
なんでよみがえった。
どうして雁にとりついた。
やっぱりあいつは特別なのか。
「…君がやるようなことじゃないよ」
あの日の雁の言葉が頭をよぎる。
「…気配がするな」
剣士の声で、悠斗は我にかえった。
周囲はすっかり暗くなっていた。
「「この子」は借りていく」
それだけ言うと、剣士はすばやく闇の中にまぎれて消えた。
悠斗は剣士が消えた方向を見つめ続けるだけだった。