コア 7
7
それはなんの前ぶれもなく突然に訪れた。
目が覚めたのだ。
しかし自分は確かにあのとき死んだはず。
いや、あのとき…いつのことだ?
どのくらいたったのだろうか?
とにかく自分はもうこの世のものではない、はずだった。
(なぜ…)
自分の手があるはずの部分を見てみる、が、なにもない。
(身体がない)
あるいは身体「は」ないと言ったほうが良いのか。
どうやら精神だけの存在として、また舞い戻ってしまったようだ。
周りを見渡してみる。見知らぬ世界が広がっている。
(見える…聞こえる…)
とうに忘れた感覚を呼びさます。これが視覚、聴覚…
ところで
私は誰なのか?
なぜここにいるのか?
そんなこと
(あの頃もわからなかった…気がする)
ふと地面に視線を向けると、朽ち果てた刀が転がっていた。
ほとんど原型をとどめていないそれがなぜだ刀だと分かったのか。
(ああ…私は…)
自然と刀に手を伸ばす。あるはずのない手が刀を掴む。
(まだ私にやれというのか)
「ずっと探してきた」
剣士はベンチに腰掛けたまま高地悠斗に話しかけた。
悠斗はほとんど剣士に背を向けていて、その表情はみえない。
「私がまたこの世に戻ったということは、奴らも…君も見たあの鬼たちも、復活している可能性があったのは確かだ。しかしそれより」
剣士は自分の手を見つめた。
「私は完全に戻りたかった」
悠斗は少しだけ剣士に視線を向けた。
「私にとって雁は体を復活させるための「核」の候補の一つにすぎない。雁が初めてじゃない。核があれば身体を、仮にでも再生させることができると気がついてからは、いろいろなモノで試してきた。そして今は、最も都合の良い彼を「核」として利用しているだけだ。私自身が完全に復活するためなら、木でも犬でも、雁でも、君でも、なんでもいいんだよ」
「あんた…」
悠斗が小さな声でつぶやいた。
「君は死んだことあるか?」
「…は?」
剣士は真面目な顔をして続けた。
「死ぬことは…消えることは、鬼と対峙するよりずっと怖い」
鬼を一瞬で倒してみせた剣士が「こわい」と発言したことを、悠斗は受け止められなかった。
「遅かれ早かれ皆いずれ死ぬ。君もだ。君も死は避けられない。私は一度死んだ。そしてまた、なぜかよみがえってしまった。こんな中途半端な形で。だけどもう戻りたくない。消えたくない。それだけだ」
悠斗は剣士を見つめた。
「…生き残って、ちゃんと復活できたとして、どうするんだ」
「それだけだ」
「え…?」
ベンチから立ち上がり刀を持ち直しながら剣士は言った。
「私には、完全復活はともかく「人間を支配しよう」などという願望はない」
「ただ、生きたいだけ…?」
「ああ」
剣士の目は冷ややかだった。
「どうなってもいいのか、あの…鬼が暴れても」
「何か問題が起きているか?」
確かに今のところ鬼の存在は公にはなっていないように思われた。鬼をみたと騒ぐ人も、襲われたという人もいなかった。でも現に悠斗は鬼を見たし、襲われそうになった。他の人がそうなるとも限らない。
「あんたはあいつらを倒すためによみがえったんじゃないのか…?そのために雁を使ってるんじゃないのか…?」
「違う」
そう言い切った剣士を、悠斗は唖然として見つめた。
「君は私を…選ばれた戦士か何かと勘違いしているようだが、違う。私はただ、再び死ぬのを怖がっているだけだ」
悠斗はなにも言えなかった。
「…私がそうだったように、鬼たちも「完全に」は復活していない。日に日に「気配」も弱まってきている。そうなれば私が戦う必要もない。戦わない剣士はなんだ。ただの人だ。私はただの人として静かに生きていくだけだ。なにも「特別」ではない」
「それでも君は私に「選ばれたい」か?」
剣士の言葉が悠斗の頭にこだました。