コア 6
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竹下雁の様子はゆっくりと、しかし確実に変わっていった。
多くの人はその変化に気がつかなかったが、高地悠斗は別だった。
雁は、学校さえ休みはしなかったが、「来ているだけ」でぼんやり自分の席に座ったまま一日を過ごしているような感じだった。ただ、ぼんやりしているのはいつものことなので、特にクラスメイトたちも気にした様子ではなかった。
しかしその身体には、目立たないまでも確かに怪我の跡があり、それが日に日に増えているのを悠斗は確認していた。他にも、目つきや態度がいつもの雁とは違うと感じることもあった。
しかし、だからといって悠斗が雁に対して何かをするということはなかった。
雁をしつこく監視することもなければ、あの日見たもののことを聞き出そうともしなかった。
また、雁も雁で悠斗に話しかけてきたりすることもなく、二人が会話することはなかった。
わからないことはわからないままに、悠斗は雁との関係を断とうとしていた。
詳しく聞いたところで自分にはどうすることもできないし、どうする必要もないと思っていた。
あれ以来、「幸い」といって良いか、悠斗が「鬼」にでくわすこともなかったし、大きな事件やニュースになって取り上げられるようなこともなかった。
悠斗は雁の変化が気にはなりつつも、関わらないようにして、受験生としての日々を過ごしていた。
そんなある日の塾の帰り、悠斗はベンチに腰掛ける雁とまた目があった。
一度は無視しようとしたが、じっとこちらを見つめてくる視線をふりほどくことができず、ついに話しかけた。
「…あんた、雁じゃないだろ」
雁の顔をしたその人はゆっくりと口を開いた。
「やはり、わかっていたか」
その声はあの日聞いた剣士の声だった。
「なんで俺に近づいてくる」
雁はふっと自分の胸に手を当ててみせた。
「「この子」が会いたがっていたのでな。私は特に用はない」
悠斗は顔をしかめた。
「「その顔」で話すなよ。気持ち悪い」
雁は少し微笑むと、その場に立ち上がる。次の瞬間には剣士の姿になっていた。
「これでいいか?」
悠斗は一瞬ひるんだが、前のように腰を抜かしたりはしなかった。
「あんたは用がないんだろ」
「そうだな」
「だったらさっさと消えてくれ」
悠斗は背を向けて帰ろうとした。
「君は彼のことを嫌っているようだな」
剣士が声をかける。
「それがどうした」
「ならばある意味我々の利害は一致しているとも言える」
「利害…?」
悠斗には剣士のいう意味がよくわからなかった。
「あんたにとって…その…理由は知らないけど、雁は必要なんだろ?」
「ああ、そうだ」
「俺とあんたのなにが同じだって?…いや」
もういい。これ以上聞くことなんてないはずだ。
悠斗が黙り込んだとき、剣士が言った。
「彼はもうじき消える」
「え…?」
悠斗は思わず剣士の方を見た。
「いずれ「私」が完全に復活する。雁という「核」をベースに、私の肉体と精神が完全に現実のものとして復活できれば、もはや彼の存在は消滅する」
あのとき…
戦っている時の記憶はないと雁は言っていた。
いつもの雁と様子が違う日も増えてきている。
元の雁に戻りにくくなっているのだとしたら。
それはこの人に飲み込まれ始めているからなのかもしれない。
雁の終わりが始まっているんだとしたら…。
「…もう少しの辛抱だ。彼が消えてしまえば君の希望も叶うのではないか?」
俺の希望?願い?
俺は、俺は一体どうしたかったんだ。
雁が消えてなくなることが俺の希望なのか。
俺は
「俺は、ただ、選ばれたかっただけだ」
そう言った悠斗の声は震えていた。