コア 4
4
高地悠斗が塾を出た時、外はもう暗くなっていた。
一日では終りそうにない量の宿題をかかえて家へと向かう。
本当はバスに乗れればいいのだが、ちょうどいい時間がなかったため、諦めて歩くことにした。
一応親に連絡を入れてから、肌寒い街中を一人、足早にぬけて行く。
歩き続けていると、ふと道端のベンチが視界の隅に入った。
自分と同じ制服をきた一人の学生が、ぼんやりと宙を眺めながら座っている。
それが竹下雁であると認識した時にはもう、悠斗はその場を立ち去っていた。
話すこともないし、話したくもなかった。
通り過ぎてから、なぜ雁がこんなところにいるのかと考えたが、ほんの一瞬だった。
「ああ…」
もうすっかり悠斗の姿が見えなくなってから、雁は彼の去った方向に目をやった。
「今日も言えなかった」
うつろな目をしたまま、誰に言うでもなくつぶやいた。
ようやく近所まで帰ってきた。
歩いてきたせいか、身体はそこまで寒くはなかったものの、悠斗は早く家で休みたかった。
家まであともう少し…常夜灯の点滅する古びた公園の前を通りかかったその時、派手な金属音がして悠斗は身体をこわばらせた。
「なんだ…?」
公園の方から聞こえた気がしたので、そっと様子を見てみた。しかし薄暗いせいかよく見えない。
…声がする。誰かいるようだ。
悠斗はヤバイと思う反面、少しずつ近づいてみた。
「…!」
そこには真っ赤な眼をした大きな「なにか」がいた。
明らかに人間ではないそれをなんというのか、悠斗にはわからなかった。
点滅する公園の明かりの下、「なにか」がもぞもぞと動いている。
「聞いたぜ…やっぱりあんたも戻ってたんだな」
不意に「なにか」が口を開いた。人の言葉を話せるようだ。
「まだ完全じゃない」
影になって見えないが、別の声が聞こえた。
「いいざまだ」
逃げないといけないという気持ちと少しの好奇心との間で、悠斗は揺れていた。
(どうしよう)
その瞬間だった。
「えっ…」
目の前にあの真っ赤な眼があった。
思わず足がすくんだ悠斗は、そのまま地面にしゃがみこんでしまった。
それは「鬼」だった。
いや、悠斗は鬼というものを創作物でしか見たことがないので、本当に鬼なのかはわからなかったが、それを表現するのに最もふさわしい言葉が「鬼」だった。
赤く充血した眼、腰の曲がった大きな身体、鋭い爪…。
「見られたぜ…」
じっと悠斗をのぞきこんだまま鬼が言った。口もとから尖った牙が見え隠れする。
すると、さっきまで反対側にいて見えなかった話し相手が、動けない悠斗をかばうように、すばやく鬼の前に立ちふさがった。
(この人は…?)
背中からしか見えないが、がっしりとした身体に古ぼけた服を身に付け、手には日本刀のような刀を握っていた。人間であることは間違いないが、「普通」ではなかった。
「それがどうした」
落ち着いた様子で剣士が言った。
「昔は俺たちも別の立場だったがな?今はどうだ?なにがあったか知らねえが、せっかく戻ってきたってのに、情けねえ…。まともに人間一匹仕留められないくらい衰えてんだからな。もうあんたも同じようなもんだ。やり合ったって仕方ねえだろ」
そう言って鬼は、剣士ごしにじろりと悠斗の方を見た。
「だがどうせ消すんならなあ、やっぱり「そういうの」を消せねえと…」
「無理だな」
剣士は即答した。
「我々は対峙する運命にある。それは変わらない」
「もう「人間」にはなれないんだぞ」
そう言った鬼を、剣士はすばやく斬りつけた。
避けるまもなく深傷を負った鬼は、最後の息を吸い込んで、そのままこときれた。
一瞬、悠斗の方を向き直る剣士。
悠斗が恐るおそる見上げると、いつものお人好しな目がそこにはあった。
「高地君…僕…」
雁はよわよわしくそう言うと、ぺたりと地面に座り込んだ。
力が抜けた悠斗は、そのまましばらく一緒になって座り込むことしかできなかった。