【恩返し小説:その3】
【恩返し小説:その3】
「………………。」
小屋の戸越しに気配が感じられる。
「えっと…鶴さん?…ですよね,昼間助けた。」
無言の圧力に耐え切れなくなり,男は戸に顔を寄せるようにしながら問うた。
答えは………ない。
「いや,恩返しなんかけっこうですから!…あはははは,人間も鳥も同じ地球上の生物!助けあうのなんかあたりまえでしょ!?」
「………………。」
顔も姿も見えないが,男には戸の向うの相手が,薄く笑ったように感じられた。その時----
山小屋の中に放置されていた古いブラウン管テレビが,突然点いた。
白黒の画面に荒いノイズとともに,ぼんやりと映像が浮かぶ。
これは-----いま俺がいる,この山小屋か。
画像はゆっくりと動き,戸を出てすぐのところにある古井戸が写った。
なにが…いったいなにが起こっているんだッ!?
井戸の石組みの中から,白く,細い何かがつきだされ,ふらふらと左右にゆれている。
手だ……女の手。
ぐしゃ----背を付けている戸の向こうに,何か重たいものが当った感触があった。
「ああああああああああ…ううぅうううううううう…………」
何かがうめきながら,戸に寄りかかるように身体を擦りつけている。
「-----うわあああああああッ!!」
耐え切れず,男ははじけるように戸から離れた。
瞬間の----静寂。
荒い息を整え,汗をぬぐいながら周りを見渡す。
窓からは月の光,小屋の外の草むらからは虫の声も聞こえる。
さきほどまでの湿った恐怖は,その翳の微塵もない。
掌で顔を覆い,なんども頭を首を振り----男は正気を取り戻した。
人里離れた山小屋で一人…都会人の自分がおかしな精神状態に陥ったとしても何ら不思議はない。幻覚…白昼夢というものか?
ふと気が付いて,部屋の隅にあるテレビを見やる。
そこには何も映っていない…何も映っていない…何も映っていない……が。
テレビは点いていた。
照明のない薄暗がりの中で,ホワイトノイズの画面の中から,長い黒髪が……………………
ツルは来ません(w)