異世界補正
話したい事は山ほどあったのだけれど、馬に乗り続けてようやく城についたばかり。
私は睡魔に耐えられず、しまいには豪華なソファの上で頭をカクカク揺らす始末だった。
「大丈夫ー?今日城に着いたばかりだもん、疲れてるよね」
「うう…ごめんね晴香…話したい事は山ほどあるんだけど」
もう限界だ…瞼がきちんと開かなくなった私の顔を見て、晴香が笑う。
「うん、良かった。少し疲れてるけどちゃんと食べてる、休んでる顔だね。ここに来てふっくらしたでしょう?」
「えええ、太ってないよ⁉」
粗食と運動の健康的な日々だったはずなのに…。
慌てて頬をつまむ私に晴香は笑った。
「バカ、元気になって良かったって言ってるの。心配してたんだよ?今度一緒にケーキバイキングだからね!」
ギュっと私を抱きしめながら晴香は言った。
そうだった、色々ありすぎて忘れてた。
元の世界に居たときの私はカイザーの死がショックでろくに食べられない、眠れない日々が続いていたんだっけ。
晴香はそんな私を心配して、しょっちゅう抱きしめては骨が当たる!と怒っていたのだった。
「…うん、ありがとね、晴香。もう大丈夫、一緒に美味しいものたくさん食べようね」
じゃあ、部屋に戻ります…とよろよろ立ち上がった私を、ひょい、とクラウスが抱き上げた。
「途中で寝ちゃうと大変なんで、部屋まで送りますよ」
「おおおお…おやすみ理帆…どうぞラブラブな夜を…」
「違っ!違うからね!そういうんじゃないんだからね!」
複雑な顔の晴香と、微笑ましいものをみたという顔のイェルクを残して、私は抱きあげられたまま部屋を後にした。
絶対勘違いされた、クラウスのバカっ!
でも、イェルクの手も晴香の腰に回されてた気がするんだけど…なんなの?異世界ってスキンシップが過剰なの?
「うううう、クラウスさん恥ずかしいから下ろしてー」
「もう遅いから誰も通りませんよ、それに自分で歩いたら絶対その辺で寝落ちするでしょう?」
確かにここ最近の私は異常に寝つきが良い。
でもそれはこの世界に来てクラウスの脇で寝るようになってからの話で、その前はかなりの不眠症だったんだからね!
乗馬という適度な運動と、隣で眠るクラウスという適温の湯たんぽが悪かっただけで、一人ならこんな子どもみたいな寝かたはしないのだ、と強く抗議するとクラウスは少し困った。
「ええっ、一緒だとすぐ寝てしまうと言われても…俺は逆に眠れなかったんですけど、なんかヒドイ…」
湯たんぽってなんですか?よく分からないけど物の名前ですよね?そういう扱いだったんだ…と凹むクラウスを見ていたら、また何かを言わなくてはいけないような気分になってきた。
本当に私はこの男の凹んだ顔に弱い。
「えーと、でもね?自分の世界ではちょっと辛いことがあってあまり寝たり、食べたりできてなかったんだよ。でもクラウスさんが色々世話を焼いてくれたからちゃんと食べられて、寝られるようになって。さっきは友達に元気になった、って喜ばれました。…だから、ありがとね」
銀の髪を軽く撫でた。いいこ、いいこ。
犬扱いだったけれど、私はそういうお礼の仕方しか知らなくて。
クラウスの頬が少し赤くなったから、伝わったのかな、と思いました。
次の朝、私はまたピカピカに磨き上げられて違うドレスを着せられて、晴香たちと一緒に王宮に行くことになった。
とりあえず召喚された五人全員が集められて、色々な説明を受ける…らしいけど。
私ははっと気がつく。
五人全員ということは、弟の輝帆ももちろんその場にいるはず。
私は鏡を覗き込んだ。今日はスカートがふんわりした、プリンセスラインのドレス。
いかにもお姫様って感じの、女子力高い奴。
「ごめんね、クラウス。王宮に行くのに制服じゃ失礼かな?」
「制服って、理帆が初めて会った時に来てたやつですよね?異世界の式服だから問題ないかとは思うんですが…」
「じゃあちょっと着替えてもいいかな?」
「すぐ準備させます」
着替えのためにクラウスとイェルクが部屋から出ていくと、晴香が少し怒った顔で言った。
「ねぇ、その着替えって輝帆のためでしょ?なんであんな失礼な奴のために理帆が気を使ってあげなきゃいけない訳?」
「ほらー、輝帆は美意識高いからー。似合わない服着てるとけちょんけちょんだもん、姉の威厳を守りたいじゃない?」
「似合わなくなんかないよ、理帆のバカ」
そう言いながら晴香は少し泣きそうになっていた。
そんな顔させてごめんね。
でも本当に辛いのは私じゃなくて輝帆だから、お姉ちゃんとしては当たり前のことなんだよ。
「ちょ…どうしてこうなった…?」
届けられた制服に着替えて、私は驚愕した。
スカート丈が短い。明らかに短い。
元は膝が隠れるくらいの、地味でお上品な制服だったはず。規律の厳しい学校に通っていたから。
それが今は太ももの半ばくらいの、ミニスカートになっている。
他校ならこのくらいの丈の子よく見かけたけど、着慣れないので恥ずかしい。洗ったから縮んだ?と思ったけれど上半身はピッタリなのだ。あ、でも袖丈は少し短くなってるのかな?
驚く私に晴香が告げる。
「足が長くなったんでしょ?明らかに前より背が伸びてるもん。すごいよねー、異世界補正」
異世界補正?なんなのそれ?
「聞いてなかった?私たちがこの国の食べ物を食べるとこの世界の人たちに似てきたりするんだってー。イェルクは真の自分に相応しい姿になる、って言ってたよ。だからほら、私の目が碧だし、髪も金色に近づいてきたでしょう?」
私は晴香を初めて見た時の違和感にようやく気付いた。
そうだった、一瞬別の人かな?って思ったんだった…。
「ううう、どうしようこのスカート!」
「この国の人たちはかなり異世界の知識あるみたいだから、多少ミニでも失礼には当たらないんじゃない?着替える時間ないし、このまま行こうよー」
「失礼とかそういう問題じゃなくて私が恥ずかしい…」
「はいはい、早く出る!」
確かに、一瞬ぎょっとしたのはクラウスだけでイェルクはそれが制服ですか、凛として見えますねなんて褒めてくれた。
まさかドレスの方が恥ずかしくないなんて思いもしなかったよ…。
ところが王宮に着いた私を待ち受けていたのは更なる『思いがけないこと』だった。
「か…輝帆…なの…?」
双子の弟の輝帆は、私と同じ十七歳の男子高校生。
少し高い背、よく似ているけれどもっと硬質で中性的な顔立ち、でも成長期の男子らしいほっそりした手足が印象的なイケメンだったはず。
なのに私の目の前に立っているのは前より少し甘い顔立ち、豊かな胸がドレスを押し上げている長い髪の美少女だった。
私によく似ているけれど、私より睫毛が長くてスタイルも良くて…
とにかくそんな完璧な「女子」が、私の弟の声で喋っている。
「ね、姉ちゃん…」
気恥ずかしそうに身を竦める輝帆。
でもその立ち方はとても自然で…この世界では真の自分に相応しい姿になる、というイェルクの言葉を私は思い出していた。