そして王宮へ
ようやく城にたどり着くと、星の印の元には既に四人の異世界人が召喚されていて私が最後の一人である、と門番に告げられた。
「名前は!四人の名前を教えて貰っていいですか⁉」
意気込む私に押され、彼は指折り数えていく。
「えーっとたしかハルカ様、カガホ様、ミヅキ様、ケイコ様だったかと…」
知ってる!みんな知ってる名前だよ!あの時車に乗っていた弟や友達、そして先生!
「良かった、みんな助かったんだ…」
安堵でへたり込みそうになる私を、そっとクラウスが支えてくれる。
「良かったですね、理帆」
「ありがとう!あの時泥沼から助けてくれたクラウスのおかげだよ!あのまま溺れ死ななくてホントに良かった!」
事故にあったのは文芸部の会合で、他校に行った帰りだった。
前の車が急に側壁にぶつかって、停車を余儀無くされた私たちの車にトラックが突っ込んできて…
バックミラーに巨大なトラックが映っていた時の恐怖は今でも忘れられない。その痛みを感じる間もなく、泥沼にハマっていた訳だけど。
「みんな元気かな?すぐに会えるかな?」
「城の者に頼みますよ。とりあえず中に入りましょう」
ロングスカートの侍女さんたちに囲まれて、私はまっさきに風呂場へ連行された。
考えて見れば泥沼後の温泉から数日間、風呂に入っていなかった。
服は森番の奥さんから売ってもらった素朴な木綿のワンピース一枚。
丈の短い制服のスカートのままでは馬に乗れないと、クラウスが調達してくれたのだ。
しかし着替えがなかったので女子とは思えない匂いを発している。
ですよね、こんな薄汚れた恰好じゃ王宮に入れられませんよねー…
大きなお風呂でザブザブと洗われて髪も整えて貰って。
ようやく私は甘い香りの女子に戻れた。
というかいつもの私より明らかにグレードが上がっている。
肩下の黒髪は耳上だけ編み込まれて、綺麗なハーフアップに。
淡いサーモンピンクのリボンが結ばれ、Aラインのドレスも同じ色だ。体のラインがはっきり出るので、少し気恥ずかしい。
「なにこのお姫様な恰好は…見慣れない…」
薄いメイクまで終わらせると、侍女さんたちは部屋から出て行ってしまった。
鏡の中の自分にうろたえていると、ノックの音がした。
「はい、どうぞ」
入ってきたのはクラウスだった。どうやら彼もお風呂に入ったらしく、無精ひげや髪を整え、きっちりとした衣装を身にまとっている。
「わーすごい、やっぱり王子様だねぇ…」
私は思わず声を上げてしまう。
元々姿勢や話し方は綺麗なクラウスだったけれど、沼地に行くためか服装は限りなく庶民的な上、数日間の野営でさすがに薄汚れたものだったから、綺麗な姿に見とれてしまう。
「いや、理帆の方がなんか色々凄いんですけどホント姫っぽい⁉もしかして異世界でプリンセスかなんかでした⁉…すいません今まで農民の服しか用意できなくて!風呂にも入れて上げられなくて!」
いやいや、みんなが心配だから早く城に行きたいと、途中にあった宿屋もスルーしてひたすら道を急がせたのは私ですからね?クラウスはふさわしい扱いがーとか散々悩んでたけど泣き落としたからね?
「すいません、俺が五番目で不甲斐ないばっかりに…」
百人中の五番目なのに。
王位継承順位というのはそんなにコンプレックスを感じる物なのだろうか。
庶民の私にはイマイチ分からない感覚だ。成績が全校で五番目だったら、私なら大歓喜なのになぁ。
とにかく、こんな風に凹んでいるクラウスをそのままにしておくのはなんだか落ち着かない。
失敗して、全身で落ち込んでいる時のカイザーを思い出してしまうのだ。
しょげた顔で、尻尾まで項垂れていて。
そんな時私はいつもギュッと抱きしめて、首の後ろをモフモフ撫でさすってあげたのだけれど。
クラウスさんはさすがに人間だからね…。
私は力づけるように彼の手を握り、声を掛けた。
「大丈夫だよ!クラウスが五番目の王子なら、私なんて泥沼の星の下に落ちてきたオンナだからね!せいぜい泥沼姫がいいとこだよ⁉」
「いや…泥沼姫はさすがにナシかと…」
卑屈すぎてクラウスが引いている。
励ましたかっただけなのにどうしてこんなことに…
どうやら私たちはお互いに自虐がすぎるタイプらしい。
私はともかく、クラウスは立派な王子様なのにね?
気を取り直したクラウスは、隣の塔に私と同じ異世界人が寝泊まりしているから会いに行きましょう、と誘ってくれた。すぐ会いたいと言った私の言葉をちゃんと実行してくれたようだ。
「第一、第二、第三王子が迎えに行った異世界人はそれぞれの王宮で寝泊まりしているようで身分が下の俺から面会を申し込むのはなかなか難しくって。でもすぐに全員で召喚についての説明を受ける機会があるようだから、もうちょっと待って下さい。もう一人は図書館として使われている隣の塔に落ちたらしく、そこの管理を任されている第四王子が保護しています。彼は俺と同じ傍系で昔からよく知ってるから、すぐに会いにいっても大丈夫」
石造りの大きな塔に入ると、中は本でぎっしりだった。
書架の間にしつらえられた梯子に登っていた少女が、私の姿を見てぴょんと飛び降り、一心に駆けてくる。
「晴香?」
もともと栗色に近かったロングヘアが少し金色に、茶色の瞳が碧に見えるような気もするがその顔立ちは親友の晴香そっくりだ。
「理帆ー!」
本を片手に駆けてきた晴香はパッ、と私の目の前でそれを開き、説明を始めた。
「ねっ、すごいんだよこの世界の本!ちゃんと機械印刷で量産されてて、しかもなぜか私たちは全ての言語が読めるの!それが異世界人の特質なんだって。つまり私はこの塔の本がぜーんぶ読めるんだよ、幸せにも程があると思わない?」
「…うん、やっぱり晴香だ…」
文芸部部長の晴香は読むこと、書くことに尋常ならざる興味を抱いている。それにしたって会うなり本の話から入るのはあんまりだと思うけれど。
「とにかまた会えて良かったよ。晴香はここに落ちてきたの?」
「うん、塔の先に引っかかって、イェルクが窓から塔の中に入れてくれて。入ったら本がぎっしりで、天国かと思ったよ」
「異世界人は己に相応しい場所に落ちてくる、と言われていますからね」
階段の先から、クラウスと同じ銀の髪の男性が降りて来た。
線が細く、眼鏡を掛けて髪も顎のあたりまで伸ばしているから同じ髪色でもクラウスとはかなり印象の異なる人だ。
ほっそりとしたその人が第四王子イェルク。
現王の弟であるクラウスのお父さんは双子だった。双子の兄がイェルクの父、弟がクラウスの父、という事らしい。
「髪色は一緒なのに、クラウスとはあまり似てませんよね」
「私は父親似、クラウスは母親似ですからね」
「お母さん…?」
逞しいクラウスが母親似と言われてもどうもイメージが湧かない。肝っ玉母さんなのだろうか。
それから『異世界人は己に相応しい場所に落ちてくる』という言葉にも引っかかっていた。
確かに図書館は晴香に相応しい場所だけど、私は泥沼…どういうことなのこの扱いは⁉