表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

本当の気持ち

 

「二人が元の世界に戻って、王位争いは振り出しに戻った。景子様は辞退を申し出て王の庇護下にあるから、三兄弟が狙うのは晴香と理帆だ」


 塔の中で、イェルクが私たちの身に差し迫った危険について、説明してくれた。


「完全に失敗した。晴香との婚約発表は第一王子の式の後に、と思っていたんだが。まさかこんなに早く帰還してしまうとは…」

「私の願いは、ずっとこの塔にいることよ。いくら第一王子だって、強要は出来ないはずでしょう?」

「表立っては、そういう話になっているけれど。僕とクラウスは後ろ盾が弱い。二人の仲を公表していない以上、晴香を誘拐して王宮に閉じ込め、ホームシックにかかった異世界人を保護した…なんて嘘もまかり通るかも知れない」


 あの時の三人の目の色を思い出して、私は身震いする。

 いつか目覚める魔王のために、私たちが召喚されたことはよく分かっている。

 でも王位争いのためだけの結婚、そして子作りだなんて、心の準備が出来てない。

 だいたいあの三人とは、口を聞いたことすらないのに!


「急いで城を出て、領地に戻ります。あそこなら王族も無理は出来ないはずですから。晴香とイェルクも、良ければ一緒に来てください」

 クラウスの話に、二人は頷いた。


 クラウスとイェルクは、旅の準備のために外へ出て行った。今塔の部屋にいるのは私と晴香、コゼットの三人だけ。


「王位のために人を無理やりさらおうなんて。そんな怖い話、本当にあるのかな」

「理帆は甘い!輝帆も美月も、ほぼ監禁状態だったじゃない。無理強いや痛い目に合わせると元の世界に帰ってしまう可能性があるから、意に添わないことは出来ないはずだ、ってイェルクは言ってたけど。…逆に言えば、肉体が無いから元の世界に帰れない私たちなら、思うようにし放題なんじゃない?」


 もちろん私たちも、強く願えば帰ることは出来る。でもそれは帰還ではなく0からスタートの「転生」だ。なかなかハードルが高い。


「とにかく旅の準備を済ませちゃいましょう!領地に帰れば奥様がいますから。王子の手の者だって、好き勝手出来ませんよ!」

「王弟の領主様じゃなくて、奥方様なの?庶民出身って聞いたけど?」

 晴香が首を傾げる。


 彼女はまだお義母さんの剣捌きを知らないからね。

 物語の主人公にピッタリのキャラクターだから、お義父さんとお義母さんの恋のなれそめを小説にしたら人気でそう…


 荷作りしながら、そんなことをつらつら考えていると、力強いノックの音がした。

 コゼットが警戒しながら返事をする。


「はい」

「晴香様、雪帆様はいらっしゃいますか。王宮からの書状をお持ちしました」

「…今お二人は身支度の最中です。扉が開けられませんので、どうか部屋の前に置いていってくださいませ」


 途端にドン!とドアを蹴り飛ばす音がした。


「蹴破る気です。晴香様、外に通じるドアはここだけですか?」

「書庫の奥に、搬入用の扉があるわ。そこから出ましょう」


 書庫の鍵を開けるのに少し手間取ってしまった。

 やっと扉が開いた時には、二人の男たちがドアを蹴破り侵入してきていた。


「…理帆様、晴香様。先に逃げて下さい」

「でも、コゼットは⁉」

「ちゃんと備えがありますので!」


 コゼットのスカートが翻ったかと思うと、中から剣が登場した。

 私に向かって手を伸ばした男を蹴り飛ばし、剣を構える。

「メイドが剣だと…こいつ護衛か?」

 男達に動揺が走る。

「グスタフ家のメイドはみんな奥様に訓練されてるのよ!私はその中でも一番の手練れなんだから、簡単にさらおうだなんて思わないでよね」


「理帆、行くよ!敵の狙いは私たちなんだから、ここにいたらコゼットが戦いにくくなる」

 晴香は私の手を引いて、書庫の奥へ向かおうとして。

 部屋の奥から現れた黒づくめの男に、背後から抑え込まれた。

 搬入用の出入り口は既に外部から侵入されていたらしい。

 男はそのまま、晴香だけを連れて逃げようとする。

 彼女の口は塞がれて、今にも涙が溢れだしそうになっている。


「お待ちなさい!」

 精一杯威厳のある声を出したつもりで、でも膝はふるえていた。

「彼女を離して下さい。どの王子の手の者かは知りませんが、妃なら一人で十分でしょう?私なら大人しくついて行きます。晴香は既に婚約者の居る身。王子の言う事なんか聞きませんよ、諦めて下さい」


 男の足が止まる。

 口元の手を離された晴香が叫ぶ。

「バカ理帆!だからなんでいつも一人で犠牲になろうと…」


「ごめん、でも晴香にはイェルクがいるんだもん、二人は一緒に居なきゃダメだよ」

「理帆は!?クラウスが泣くでしょうが!離れてもいいの?」

「私は…泣くかもね。でもクラウスは強い人だから。すぐに、もっと彼に相応しい人が出来るよ」


 だから、いいの。

 そう言って笑った私を見て、コゼットが天を仰いだ。

「だー!これだからあのヘタレ坊ちゃんはぁ!もっとちゃんと口説いておけばよかったのにっ!」


「…聞こえてるぞコゼット」

「クラウス!」

「坊ちゃん!」

 息を切らし、髪を乱して走って来たクラウスは、静かに怒っていた。


「さて、俺だって王族の端くれなんだが?その俺が庇護する姫を攫うとは何事だ?内乱を起こしたいのなら、受けて立つぞ」


 剣を抜いたクラウスが厳めしい声でそう告げる。脇には同じく剣を構えたイェルク。

 コゼットも、晴香を捕えた男に向けて剣を突き付ける。


 結局彼らは晴香を手放し、部屋の外へ去っていった。

「晴香!」

 イェルクが晴香を抱きしめる。

 彼女の顔が明るく輝くのをみて、私もホッとした。



 一気に和らいだ空気の中で、クラウスだけが未だ怒った顔のまま、凍てつく波動をまき散らしている。

「コゼットにも言いたい事は山ほどあるが…まずは理帆だ。着いてきなさい」

 そういうと、私の腕をつかみ自室の方へと歩き始める。


 私の目を見ない、返事も聞かない。こんな彼は初めてで、ちょっと怖い。

「クラウス…さん?もうちょっとゆっくり…」

 背の高い彼が大股で歩くペースに追いつけなくて、足がもつれそう。そう頼むとクラウスは黙って私を抱き上げる。


 ちょっ!?いきなりの接触にドキマギするのに、相変わらず彼は私の方を見てくれない。何を考えているのだろう。

 部屋につくとベッドの上に放り出された。

 ちょっと乱暴に、でも頭や腰をぶつけないように添えられた手は優しい。

 そのまま、仰向けになった私の頭の脇に両手を置き、腕立てをするような姿勢で彼は私の上に跨った。

 えっと、これは押し倒されたという奴では!


 私の心臓はバクバク言っているのに、クラウスはまだ凍り付いたような顔で静かに怒っている。

「クラウス?あのね、ちょっと近い…」


「近い、じゃありません」

 クラウスが私の頬に触れた。

「随分簡単に、妃なんて言葉を口にしましたよね?どういうことかちゃんと分かってるんですか?あなたは話したことも無いような相手と、簡単に子を生せるような人なんですか?」

「えっ、違っ…」

「違いませんよ。あのまま連れていかれて、晴香の代わりに嫁になれと言われたら簡単に承諾したでしょう?そうやって、自分のことを疎かにしてしまうあなたは嫌いです」

 もっと自分を大事にしてください、と言われて涙が滲む。

「ごめん…なさい…」


 ん、とクラウスが私の髪を撫でた。

 怒りは少し和らいだようだけれど、押し倒し姿勢は続行だ。

 彼の目が今度は切なげに甘くなり、更にドキドキしてしまう。


「だいたい、俺は強い人だから、って何ですか。あなたを失って俺がすぐに別の相手を探すとでも?酷い話じゃないですか、初めて会った時から俺はあなたに夢中なのに」

「えっ、だってそんなこと一言も…」

「確かに口には出せませんでした。あなたは大事な人を亡くしたばかりだと聞いたから、悲しみが癒えない内に口説くのは付け込むようで嫌だったんです。ただ、あなた以外の人には態度でバレバレだったようですが…」


 ヘニャ、とクラウスが項垂れた。短い髪が胸をくすぐって、吐息が熱くて恥ずかしい。

「でも、あなたが泣くと言ったから少し自信がつきました。いつか悲しみが癒えたら、俺のことを見てくれませんか?今は身代わりで構いません、必ずあなたを幸せにしますから」

 もう無理!心臓が破裂しそう!


 お願いだからちょっと離れて、と私はクラウスを軽く押した。

「そ、そんなに嫌でしたか…なんかすいません…」


 ち、違っ!勘違いしないで!

 地獄の底のような顔でベッドを降りようとした彼の背中を、私は強く抱きしめた。

「ごめんなさい…嫌じゃないけど、ドキドキして死にそうだったの…」

 私は改めて自覚した。やっぱり、カイザーとクラウスは似ているけれど違うんだ。


「私はずっとクラウスのこと、大事な人に似てるから好きなんだ、安心できるんだって思ってたの。でも今日やっと気づいた。こんな風にドギマギしたり顔が熱くなったり…胸が痛くなるような気持ちになるのは、クラウスが初めて」


「そ、それはつまり…」

「…あなたが好きです」


 ぱっ、と振り返ったクラウスは今までで一番幸せそうな顔をしていた。

 私の肩を抱いて、顔がだんだんと近づいてきて…唇が重なろうとした瞬間、私ははっと気づいて唇を掌で覆った。


「…今度はなんですか」

「私はまだ、クラウスから『好き』の言葉を聞いてない」


 先に言わせておいてズルい、とふくれっ面の私を見てクラウスが再度項垂れた。

 茹でだこのような真っ赤な顔で、彼が私に愛を告げるまで結局30分も掛かった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ