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さよなら結婚式

 

 第一王子と輝帆の結婚式は、王宮内にある真っ白な教会で執り行われることになっていた。


 季節はもう初冬。

 しかし窓を大きく取った温室のような作りの室内は、暖かい光で溢れている。


 私は落ち着いた赤のドレスに金の刺繍、晴香は深いブルーのベルベット。

 クラウスとイェルクも、季節に合った深い色の衣装を身にまとっている。


 式が始まる間際に、王とその息子たちが入場してきた。

 王様と腕を組んで最初に入ってきたのは、薄紫のエンパイヤドレスをまとった景子先生。

 胸下で切り替えられたロングドレス姿の先生は、少しふっくらしているようにも見えた。


 この世界での生活が、体に合っているのだろうか?とにかく元気そうで何よりだ。


 次に、第二王子と腕を組んで入場してきたのは美月ちゃん。

 彼女は先生とは対照的にやつれて、暗い目をしている。

 襟の高い紺のタイトドレスも、彼女の線の細さを際立たせていた。


 最後に入って来たのは第三王子。

 パートナーを王に取られた形になった彼は、険しい顔で先生の方を見つめている。


 三番目の王子さまはまだ中学生くらいにしか見えないもんね、先生が拒んだ気持ちは分る。

 でも年齢関係なく、三人で王位を争っていたと聞いたからこの状況が面白くないのだろう。


 それから可愛らしい少女たちが撒く花びらに先導されて、第一王子と輝帆が入場してきた。

 二人とも、眩いくらいの白い衣装。


 金の髪の王子様と、長い黒髪が美しい輝帆は、とてもお似合いのカップルに見えた。

 でも重ねられたベールの向こうからでも、輝帆の表情が硬いことが分かる。

 血の気の引いた頬には、長い睫毛が力なく落とされていて。


 本当に、それでいいの?


 私はこれまで何度も浮かんできた問いを、直接ぶつけずには居られなくなった。

 結婚式の最中に、不敬なのは分かってる。

 でもどうしても、誓いの言葉の前に確かめなくては。


 今まで、気づいてやれなかった弟の悩み。

 また何も出来ないなんて、不甲斐なさ過ぎる。


 私が立ち上がり、声を上げようとした時。



「輝帆くん」

 細く弱い、でも強い意思を感じさせる声がした。


 席を立ち、輝帆の向かいに立ったのは美月ちゃんだった。

 白いウエディングドレスと、紺のロングドレス。

 二人もまた、美しい対のカップルに見えた。


 彼女は振りむいた輝帆のベールをそっと上げ、瞳を合わせた。


「女の子に、なったんだよね?」

「…ごめん、美月」

「ううん、私の方こそ驚いてしまってごめんね。あれからずっと考えてた。私は、輝帆くんがどんな姿になってもやっぱり好き」

「…もう嫌われたと思ってた。だって気持ち悪いだろ」


 こんな格好がしたかっただなんて。

 涙目でウエディングドレスの裾をつまんだ輝帆を、美月ちゃんは静かに抱き寄せた。


「輝帆くんは、輝帆くんだよ。優しくしてくれたことも、くれた言葉も何も変わらない。それなのに戸惑ってしまった私がバカだったの。輝帆くんが自分らしく、幸せになることが私の幸せ」


 だから、と美月ちゃんは一歩、後ろに下がった。

「私はどれだけ願っても、男性にはなれなかったの。今の輝帆くんが私とじゃ幸せになれないのなら、喜んで身を引く。でもどうか、近くで幸せを見届けさせて?」

 輝帆くんのいない世界に一人で帰るのは耐えられないの、と美月ちゃんは呟いた。


「美月…」

 輝帆は頭を下げ、ボロボロと涙をこぼした。

「ごめん、ごめんな。美月にはとうに愛想をつかされたと思ってた。それでもこれが自分の望んだ姿だから仕方がない、って全てを諦めようとしてたんだ。でも、日が経つにつれて分かった。俺の本当の望みは、元の世界で元の体のままで、美月と一緒に、こんな服を着て歩きたかっただけなんだって。でもそんなおかしな願い、気味悪がられるに決まってる。だから全部諦めて、好きな服を着られるこの世界で生きようと思ってたんだ」


「諦めないで」

 美月ちゃんは強く、輝帆の手を握る。

「一緒に帰ろう?お揃いの服を着て、一緒に歩こうよ。誰が笑っても、私は平気。輝帆くんを失うことの方がよっぽど怖いよ」

「美月」


 今度は輝帆が、美月ちゃんを抱きしめた。

「…そうだな。帰ろう、一緒に歩こう」



 二人は白いドレスよりもさらに眩く輝いて…


 そして消滅してしまった。


「あっ、帰りましたね」

 参列席に座っていたツァハリアスが、そう呟いた。

「二人とも無事に、元の体で目覚めると思いますよ。なかなか見事な帰還でしたね」



「良かった…」

 抱き合ったまま消えた二人が本当に美しくて、幸せそうで。

 私は暖かい涙を流していた。二人なら、きっと幸せになれるはず。


「まずいな」

「えっ?」

 嬉し涙の止まらない私を他所に、クラウスは急に緊張した面持ちになり、私の手を強く握った。

「クラウス、急いで塔へ戻りましょう」

 イェルクも、晴香の肩を強く抱いている。


 ざわめく教会の中、私たちは急ぎ足で外に出た。

 最後に振り返ると、三人の王子の金色の瞳が、一心にこちらを見つめていた。



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