九四 元貴族はどんな人
「改めまして、こんにちは」
ミティリアは、ティナ達が家を後にしてから忙しく荷造りをしていたようで、大量の資料を手にして町役場にやってきた。
「こんにちは。……あら、すごい荷物ね」
「多分、町長になると忙しくなるので、これまでやってきた互助会の資料をこちらに置いておこうかと」
「そうね、しばらくは兼任することになるだろうし、それに町長の仕事の役に立つかもしれないね」
エレーシーは、これまで会ってきたミュレス人にはない準備の良さや勤勉さの中に、この町の互助会をまとめる有力者の器を見出し始めていた。
「ええ、それと、どうしても気になることがあって……」
「気になること?」
「はい、先程の話の中にも出たんですが、どうしても、タトー様にご挨拶なく、町長に就くのもどうかなと……」
「ああ、貴女が話していた『元貴族』の方ね」
「そうです。あの方も、町長を務めるのはともかく、この町で力を持っているのは確かですから」
「それもそうね……エレーシー、エルルーア、私達もご挨拶しに行きましょうか」
「え?」
「一応、ミュレス国軍幹部の私達が任命するという体を取る手前、私達もその貴族の方にお会いする必要があると思うの」
「まあ、それはそうか。後で変にゴタゴタになっても困るしね」
「そうと決まれば、ミティリア、案内を任せてもいいかしら?」
「ええ、いいですよ。早いうちに行きましょうか」
ミティリアの話では、その元貴族の家はミュッル=アミト=ルビビニアで一番高い山の中腹に位置しているという話で、歩いていくにも2~30分掛かるとの事だった。
ティナが生まれたベレデネアはもちろん、エレーシーの慣れ親しんだシュビスタシアでも「(元)貴族」という存在を認識したことはなかった。おそらく、それだけこの町が非常に古くから存在することの証であるのかもしれなかった。そして、天政府人が支配していたこの町の中で、元貴族のタトー家の存在自体が、この町に住むミュレス民族にとって僅かな希望であり、数少ない心の拠り所となっていたに違いなかった。
ミティリアから、この町の庶民と貴族の関わり合いの歴史を聞くたびに、エレーシーの中ではとある不安感が増大していった。
それは、ミティリアを町長に選んでしまったことにタトー家の者が反対するのではないかということだった。
これまで、互助会などミュレス民族の幹部会議に出席され、いわばミュレス民族の中ではこの町の代表たる人物の中の一人として、その力を存分に奮ってきたかもしれなかった。
それが、いくらミティリアが自らが代表に手を上げたことで拗ねてしまったなどということがあれば、それを撥ね退けるほどの権力があるのではないか?
そんな新たな内紛の火種とならないかと、心配していたのだった。
「どう話そうかな……」
エレーシーは坂を上りながら、これから会う予定の「元貴族」がどのような人なのかについてずっと考えていた。
ミティリアの話し方では、金遣いが荒い人だということは分かっていたが、エレーシーは計量官として勤めていた間に金の管理をしていた天政府人を見ていて、そのような金遣いの荒い人間にあまり良い印象を抱いていなかったのだった。
「優しい人だと良いな……」
エレーシーが若干憂いの表情を浮かべながら歩いていると、ティナが後ろから声を掛けた。
「まあ、そんなに固くなることは無いわ。天政府人じゃないだけマシだと思えばいいじゃない」
「うーん、そうかな……まあ、何と言っても『元』貴族だしね」
エレーシーは自分に言い聞かすように小さく呟いた。
「それに、貴女なら同じ名字の誼みで優しくしてくれるわよ」
「そうだといいけどね……」




