九〇 上段からの交渉
もう既にいくつもの街を攻略してきたティナ達には分かりきっていたことだが、大体どこの役場でも、最上階の一番奥の方の部屋が首長の部屋になっていた。
そして、それはこのルビビニアの町役場とて例外ではなさそうだった。
「おそらくあの部屋ね。勢いよく突入しましょう。あ、貴女達は他の部屋から逃げられないように四方を見守っていて」
「はい!」
ティナは周りの兵士達に指示をすると、自ら突入の準備を始めた。
「よし、突入!」
それから間もなく町長室と思しき部屋の扉を恐さんとする勢いで押したり引いたりを繰り返していると、やがて大きな音とともに、勢いよく扉が開いた。
「よし、開いた……あ!」
扉が開かれると、エレーシーは窓から逃げようとしている町長と思しき天政府人の姿を捉えた。
「逃がすな! 引き摺り降ろして捕らえよ!」
エレーシーはそれを見るやいなや、ほぼ反射的に兵士に命令を下した。
「はい!」
兵士達もそれに応じるが先か動き出すのが先か、走って町長の身体にしがみついて床に引き倒し、二人がかりでのしかかって動きを封じ込めた。
「ミュレス人が徒党を組んで何やら企んでいるとは聞いたが、貴女達か!」
町長は顔を見上げてティナ達を睨みながら言い放った。
「ええ、私達がその『徒党を組んで』るミュレス国軍よ」
ティナは当然であるかのように答えた。
「既にこの街は私達ミュレス人が占領している。町長が抵抗しようが何も変わらないよ」
エレーシーがそれに続いて町長に話しかけた。
「貴女達ミュレス人は知らないだろうけどね、このルビビニアはディアゴリアの天政府軍に守られているのよ。私が捕らえられたとしても、すぐに助けに来るわ!」
町長も負けじと言い放った。
「もちろん、それも理解してここに来ているわ。だから、私達はいつ次の攻撃があっても良いように、大勢で乗り込んできたの」
ティナの冷静な返答に、町長は顔を歪めるしかなかった。
「さあ、あまり話をしている暇は無いわね。町長も、他の天政府人と一緒に外に連れ出しましょう」
ティナが命令するのを待っていたとばかりに、隣で待機していた兵士達は暴れる町長の身体を手際よくがっちりと掴み、3人がかりで町長室の外へと連行していった。
仲間の兵士二人に守られながら、ティナとエレーシーは静かになった町長室の椅子に座りながら、これまで張り詰めていた精神をひとまず落ち着かせた。
「ふう……ルビビニアもようやく取り戻すことが出来たわね」
「門をくぐってからは、意外とあっさりとここまで来れたね」
「それだけ、私達の軍が強くなっているってことじゃないかしら」
「まあ、それも併せて、運が良かったってことかな」
エレーシーはふと外を眺めながら、外にいる支援部隊の様子を伺い、屋外にも平穏が戻ったことを確認して再び心を落ち着かせた。
「ふふっ、まあ、そういうことにしておきましょうか」
ティナはシュビスタシアを発って久しぶりに笑ってみせたが、直ちに真顔に戻った。
「それよりも……」
「うん、シュビスタシアからそうだけど、戦う相手がいよいよ本格的に、天政府軍になってきたね」
ティナもエレーシーも、ハリシンニャ川を東から越えた辺りから、敵がそれぞれの「街」の治安管理隊から、「府」、ひいては「国」が取り仕切る天政府軍に推移し、それを打ち破ったことで、いよいよ自身の団体が、自らが目指していた「国」に成長しつつあることを実感した。
そして、エレーシーはそれに付随する重責も、自分の心の中で次第に大きくなってきたことを実感し始めていた。
「私達がしてきたように、今度は天政府軍が取り返しに来るに違いないけど……」
「ええ、まだシュビスタシアやトリュラリアが再び天政府人の攻撃を受けたというような報告は受けていないけど、いずれ攻撃は受けるでしょうね」
「これまでもそうしてきたけれど……これからはそれ以上に、兵士達が天政府人達の攻撃を受けてもそれを鎮圧できるように、市長や町長を慎重に決めないと行けないね」
「そうね。それに、これまでは私達ミュレス国軍の関係者や私達の知り合いにお願いしていたけど、ここから先は知り合いすら少ない西部地方を進むことになるわ」
「うーん……これまでは自然と市町村長がその街の兵士達を指揮してきたけど、これからは分けたほうが良いかもね」
「市町村長はその街の事をよく知る人がするのが良いとは思うけど、軍を指揮する人はやっぱり、軍から出したほうがいいわよね」
「じゃあ、ルビビニアの軍は……班の指揮官から選ぶとして、町長をどうするか、考えようか」
「そうね、そうしましょう」
ティナとエレーシーは、奪還出来た喜びもさておき、ミュレス人による統治に切り替えるため、そして次の戦いに挑むための一歩を踏み出すために、兵士を守衛として残しておきながら、自身も町長室を後にしてエルルーア達と合流することにしたのだった。




