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ミュレス帝国建国戦記 ~平凡な労働者だった少女が皇帝になるまで~  作者: トリーマルク
第二章 トリュラリアの宣誓 ・ 第五節 民族の意識は拡がるか
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八 禁書を持つリスク、そして元同僚

 貴重な休日が終わり、エレーシーはいつもと同じように朝早くから港で計量官として働いていた。


 先週までは朝から夕方まで、ただひたすら量るだけで、その他に何か考えることはほとんどなかった。


 ところが今日からは仕事をしながらも、頭の中では「誰が一番信用できるかな」とか、「誰が一番広めてくれるかな」などといった事を考えるようになった。


 というのも、この計画においては誰に話すかが一番重要になるからであった。


 この街には(エレーシーにとっては信じられないことであるが、)天政府人を懇意にしているミュレス人も少なからずいるという噂をどこかしらで聞いたことがあった。

 彼女らは通報と引き換えに多少の金を頂き、密かに周囲よりも豊かな生活を送っているのだという。


 天政府人学校の教科書など禁書の中でも上位の書だから、こんなものを広めようとしていると知られたら間違いなく告げ口するに違いない。


 だから、そのような者には知られるとしても、出来る限り遅い方がいい。必然的に、話す相手を考えに考えるようになるのだった。


「さ、降ろしたよ。ねえ、早く量ってよ」


「え? あ、はいはい。ただいま……」


「今から載せるの? 早くやってよ。夜までには帰りたいんだから」


「す、すみません。今すぐやりますので……」


 ついつい考え事に夢中になりすぎて、無意識のうちに仕事の手を止めてしまっていた。


 こういう所を港の天政府人に見られて異変を感じ取られてしまうのは、一番あってはならない事だ。


 エレーシーは頭を切り替え、仕事が終わるまではとにかく仕事に集中しようと心に決めた。そこまでの時間が無いわけではないのだから。




 仕事の帰り、酒場に行く道すがら考えた結果、エレーシーは港の繁華街に住む友達から広げようと考えた。


 繁華街には、天政府人の知らないミュレス民族の互助会という「地下組織」が存在するらしく、たまに港に出入りしている運送屋からも入らないかと誘われたことがあった。


 それに、このご時世、繁華街のお店も天政府人には相当な値下げを要求されているはずで、たまに争っていたり、渋い顔をしながら通している案内役を夜の街で見たことがあった。


 店の経営者ならともかく下っ端の彼女達なら、まさか天政府人と通じているなんてことは無いはずだ……


 繁華街を選ぶ利点はそれだけではない。家に近いことだ。


 単純なようにも思えるが、これも重要な点である。


 先日の話し合いの中で、話の信憑性を高めるために、フェルファトアから貰った冊子を利用するという案が採用されたが、よくよく考えればかなりリスクの高いやり方であった。


 というのも、やはりその冊子自体がミュレス民族にとっての「禁書」だからである。


 天政府人とミュレス民族で教科書が分かれている理由は今のエレーシーには簡単に推測できた。

 その一つは、ミュレス民族が知らなくてよい、知ってはまずい事実があるからだ。


 特に天政府が隠したがっているのが、「民族の歴史」だろう。


 おそらく350年前の反乱がトラウマになっているのだろうが、天政府はたとえそれが嘘だとしても、自分たちの作った「ミュレス民族史」をミュレスの民に押し付け、自分達の勝手の良い「道具」としての役割を全うしてくれることを期待しているのだ。


 教育院はそうするために民族を分けた教育制度を敷いているのだから、ここで突然その垣根を超えた知識を持ってもらっては困るということだ。


 つまり、エレーシーの持っている民族史の本―禁書を外で持ち歩くということ自体がリスクなのである。

 だから、勝手知ったる家の近くから着手するのが一番いいと考えたのだった。




「はーい、エレーシー」


 エレーシーが考え事をしながら繁華街を歩いていると、昔の同僚であるアビアン・シアスティアに腕を引かれた。

 彼女は夜の仕事をしていた当時の同僚であるが、今もティナが村に戻っている時には飲みに行っている飲み仲間だ。


「ああ、アビアン。まだ夜の仕事してるの?」


「もちろん! これが私の生きる道ってね!」


「アビアンは昼の仕事してないんでしょ? なんで夜の仕事だけ?」


「だって、そうじゃないと夜の仕事に集中できないもん。集中力は必要でしょ?」


 今日は仕事中うわの空だったエレーシーには、耳の痛い話だった。


「そ、そう。でも、あの、お客さんってやっぱり、ああいう人たちが多いでしょ? 乱暴にされない?」


「確かにあの人達は容赦ないけどね、でも払いはいいんだ」


「まあ、あの人達は金だけは余りあるほどあるからね」


「私はね、あの人達から1フェルネでも多く巻き上げてやるんだ。癪に障るからね。おっと」

 アビアンは繁華街で大きな声を上げ、思わず口を噤んだ。


「まあ、アビアンらしいっちゃ、らしいか。それで、今日はどうしたの?」


「今日? 今日はね、明日は久しぶりの休みだし、天気もいいでしょ? だから、たまにはぶらぶらしようかなと思って。でも、エレーシー見つけちゃったから!」


「何? 夕方なのにもう2軒目?」


「違うよ。1軒目」


「1軒目にしても早すぎじゃない?」


「まあまあ、飲まなくてもいいから、酒場に行こうよ。ほらほら」


 エレーシーはアビアンに手を引かれ、そして押し込まれるように酒場に連れ込まれた。


 まだ夕方なこともあり、店の中には夜ほどの活気はなかった。

 

 エレーシーは店の奥の席に座らされた。


「ねえ、ねえ、エレーシーは何飲む?」


「まだ飲まないの」


「えー、じゃあ……すいませーん、お酒とレテルジュース1杯ずつ」


 いきなり出会ったアビアンのペースに未だついていけていない中、ふと仕事中に考えていた、あの考えが頭に浮かんだ。


 アビアンを自分の側に引き込めば、広めてくれるのではないか?


 しかし、この話をするには、ミュレス人も天政府人も入り乱れる大衆酒場では場が悪い。ここは早めに切り上げて、2軒目(自宅)へさっさと誘導させようか。


 エレーシーの計画を実行する舞台は整った。


「アビアン、今日はやけに気前がいいけど、どうしたの?」


 エレーシーの問いに、アビアンは一層得意げになった。


「実は昨日ね、シュビスタシア教育分院の院長が来たの。たんまり貰えたから楽しいんだ」


「す、すごいね、アビアン……さてと」

 エレーシーはおもむろに席を立った。


「あれ? エレーシー、もう帰るの?」


「明日もあるからね」


「えー、まだいいでしょう?」


 アビアンの言葉に、エレーシーは待っていましたとばかりに笑みを浮かべた。

「うーん……私の家ならいいかな?」


「それでもいいよ。飲もう飲もう」


 二人の意見が一致したところで、店員を呼んでお金を払い、上機嫌で店を出た。

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