八六 ルビビニア東門外の戦い(弓矢部隊)
準備をしているうちに、次第に日が傾こうとしていた。
天政府軍に感づかれないよう慎重に行動しつつ、主力部隊の元へ帰ってくると、すでにティナは支援部隊の面倒を見始めており、代わりにエルルーアがそこにいた。
「あら、エレーシーさん。弓矢部隊の準備は出来てました?」
「準備出来たって言ってたよ」
「それじゃあ、アビアンさんの判断次第で、いつ開戦してもおかしくない状況なわけね」
「そうだね」
「なるほど、それじゃあ、こちら側もタイミングを逸しないように、一声で突撃出来るようにしなくてはいけないわね。そういう感じに……なってるようね」
エルルーアは自分が指揮する部隊を改めて見回し、こちらの準備が整っている事をもう一度確認した。
「いよいよ始まるわね、天政府軍との第二戦が」
「シュビスタシアの時とは違って、こっちはさらに人数も装備も揃えたけど……」
「ここで試してみるしかないわ」
「試してみよう、私達の戦力と作戦を……」
エレーシーとエルルーアがお互いに励まし合い、改めて覚悟を決めてるように話していたその時、門の方から声が聞こえ始めた。
「わあっ!」
「何だ?!」
「敵襲か?!」
「敵襲! 敵襲!」
「防御の体勢だ! 早く防御を取れ!」
「どこからだ?」
平穏を保ち続けていた門前の草原は、一瞬にして殺気立った。
理由はもちろん、弓矢部隊が交戦を開始したからに他ならなかった。
「よし、始まった」
「どう? 天政府軍の反応は」
「まだ、攻撃を受けて慌てふためいてる」
「一人でも落としてくれた?」
「うーん……」
どうやら、矢は次々と放ってはいるものの、まだ天政府軍に脅威を与えるほどには至っていないようだった。天政府軍も「防御の体勢」らしき構えに入りながら、冷静に状況を見ている様子だった。
様子を見ていると、力不足で弓矢が当たるか当たらないか、ギリギリのところまでしか飛んでいってはいないようだった。どうやら、森の中に隠れたままで放っているようだった。
「ちょっと、あまり天政府軍の所まで飛んで行ってないじゃない」
「アビアンに任せよう。天政府軍が飛び道具を持ってないことぐらいはアビアンも気づくはずだから……」
「そう願いたいわね」
エレーシーとエルルーアは次第に心配や不安感を抱きつつも、ただただ静観しているしかなかった。
「前進! 前進!」
途端に、アビアンの号令が草原に響くと、森の中から次々とミュレス国軍の弓矢部隊が飛び出していった。
「止まれ! 放て!」
ある程度前進したところで一列に並ぶと、アビアンの号令とともに、再度、絶え間なく次々と放ち続けた。
すると、当然のことではあるが、天政府軍の集団の真ん中に矢が届き始め、天政府軍はより一層の対応を強いられることとなった。
「うっ!」
「わぁっ!」
ミュレス国軍の弓矢部隊は、シュビスタシアで兵力増強したことにより数を大幅に増したことで、歴戦の天政府軍といえども完全に防ぎきれているようではなく、いくらか地に伏していく者も現れた。
「増援だ! 他の門の守衛役を呼べ!」
「しかし、そこから攻め入られたらひとたまりもないのでは……」
「ここが陥落しても結局同じことになる。ここで食い止めて、町内に入れさせるな!」
「りょ、了解しました! 呼んできます!」
弓矢部隊による攻撃のさなかで、一人の天政府軍兵士が門の中へと入っていくのが、エレーシー達の隠れている場所からも見えた。
「お、向こうの兵士が一人入っていったよ」
「多分、応援を呼びにいったんでしょう。何人来るかしらね」
「後の事を考えると、出来るだけ多く来てほしいけど……」
「そうね。それよりも、あの天政府軍達は応援が来るまであそこで張ってる気かしら?」
「うーん、流石に隙きを見せないのかな」
「弓矢部隊の持っている矢が無くなる前に、次の段階に進みたいわね」
「それはちょっと心配だね。矢がなくなったらもう退くしかないもんね」
「いつかは退くことにはなるとは思うけど、問題はその後よ。統括指揮官の昔の職業柄、天政府人の性格は分かってるんでしょう?」
「まあ、そこそこはね。だから、多分、想像通りになるとは思ってるんだけど……」
自分達の計画と目の前の現状を照らし合わせながら、弓矢部隊の天政府軍に対する一方的な戦いを見守っていると、単調に射続けていた弓矢部隊にも若干の動きが見られた。
兵士が一人、また一人とアビアンに近づいては何やら一言、二言、言葉を交わしていた。
アビアンはその何らかの報告を聞くと、横一列に並んで矢を放ち続けている兵士達の後ろに回ってひとしきり見て回った。
「撤退! 撤退!」
見て回ると、アビアンはすぐさま命令を出した。
「はい!」
兵士達は、背後から聞こえたアビアンの声に即座に反応し、敵に背を向け、元いた森の方へと一目散に走り始めた。
「お! 逃げ出したぞ!」
「そのまま返しては、また襲撃されかねん。これも好機だ、ここで一気に追い込め!」
「はい!」
攻撃していたミュレスの民が退くのを、ただ見届けているような天政府軍ではなかった。その隊の隊長と思しき者は、弓矢部隊を追うように指示したのだった。
「あら、弓矢部隊を追い始めたわね」
「そうなると思ったよ。もうそろそろだね」
エレーシーがこの計画を建てる上で考慮した天政府人の性格、それは、「ミュレス民族を常に見下す」ことであった。他の者ならいざ知らず、血気盛んで悪名高き天政府軍の者達にとって、「ミュレス民族に攻撃される」という事自体が、彼らの尊厳を傷つける事でもあった。
それ故に、彼らは攻撃されたらそのままにして弓矢部隊を帰すことはないだろうと考えていたが、まさにその通りの展開になりつつあった。
「待て! 待て!」
「一人たりともシュビスタシアへ帰すな!」
天政府軍の兵士達は逃げていく弓矢部隊の方を追いかけることに夢中なようで、連なるように次々と門を離れていった。
「エルルーア、ティナに一次前進の伝令を。最速で」
「ええ、分かったわ」
エレーシーは天政府軍の動きを見ると、慌ただしくエルルーアに命令を下した。
そして、言われたようにエルルーアは1分もしないうちに帰ってきた。
「支援部隊、一次前進開始したわ」
「よし、行くぞ! 突撃!」
エレーシーは、エルルーアが帰ってくると間髪入れずに配下に突撃命令を下した。
「オー!」
主力部隊の兵士達は、エレーシー達の護衛部隊を先頭に次々と茂みを飛び越えて草原へと躍り出た。
「全力で町内に突進だー!」
主力部隊は茂みから抜け出すと、門に向かって一直線に走っていった。
ミュレス国軍と門の前に集まっている天政府軍の小隊との間には、遮るものは何もなかった。
これまで広大に見えていた草原でさえも、百を超えるミュレス国軍には、庭にも等しく思えるほど狭く思えた。




