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八二 さらなる飛躍への準備

 選ばれた精鋭達がシュビスタシアを出発してから、数日が経過した。

 ティナが気にしていた不安は、幸いなことに的中すること無く、いくらか後に、一人、また一人と、街道の西の街からティナを訪ねに来る者が増えていった。

 そして事前に決めていた出発の日には、なんと二百余人もの同族の者が、新たに仲間に加わっていたのだった。

 この結果には、ティナを始めとした軍幹部の誰もが称賛し、とりあえずは一安心と胸をなでおろした。

「さてと、人が集まったのはいいけれど、皆に配る武器は揃ったかしら?」

 毎日当たり前のように市役所に集まっていた軍幹部達は、迫る出陣の時の為に一つ一つ確認するように準備に勤しんでいた。

「一応、シュビスタシア中の治安管理所や例の倉庫から集めたし、トリュラリアからも集めたから、それなりにあると思うわ。多分、大丈夫なはずよ。」

「ありがとう、エルルーア。ワーヴァもアビアンも、兵士の登録や世話をしてくれて、ありがとう。さて…」

 エレーシーは、ふと窓から西の方を眺めた。

「計画通り、もうそろそろ内陸街道を進むべきだろうか…」

 エレーシーは、現在の兵士の数や武器の集まりよう、そして、これまで幾度となく見た地図を思い出しながら、考えうる要因を次々と思い浮かべていき、やがて一つの決断に達した。

「…よし。ティナ、計画通り、明日、ここを出よう。」

 エレーシーは振り向き、自分の決断を伝えた。

「…そうね。これ以上日を伸ばしていても…エレーシー、分かったわ。行きましょう!」

 ティナも、エレーシーの決断を受け入れた。

「そうと決まれば、早速準備しよう!ワーヴァ、遠征部隊に出発の準備をするように伝えて。エルルーアとアビアンは武器の配布を。」

「分かりました!皆さんに伝えますね。」

「それじゃあ、配ってくるね。」

「あ、明日、5回目の鐘が鳴る前に、船着き場に集合でお願いね。」

 エレーシーの指示を受けた3人は、争うように市長室を飛び出していった。

「さて、私達も、それぞれ準備を進めましょう。」

 ティナはエレーシーに話しかけながら、机上の地図や作戦の詳細を書いた紙切れなどをまとめ始めた。エレーシーはそれを横目で見ながら、書棚の中から天政府人の残した、戦略上で必要そうな書物をいくつか引っ張り出してまとめた。


 行軍に持っていく荷物をまとめたところで、2人は市長室を後にした。

「そういえば、シュビスタシアの市長は誰がする?」

 エレーシーは、これまでのようにミュレス人の首長を選出することを気にしていた。

「もう決めてあるわ。」

 ティナは特に気に留めることもなく階段を降りていき、ひとつ下の階でずっと作業している兵士の一人に声をかけた。

「ヴェスティ、ヴェスティ。」

「はーい。」

 ティナが呼びかけると、奥の方から返事と共に、一人の黒猫族の兵士が姿を表した。

「彼女が新たなシュビスタシア市長、ティナ=ヴェステックワさんよ。」

「はじめまして。」

「はじめまして、統括指揮官。」

 エレーシーはヴェステックワと握手を交わした。

「彼女は元々、シュビスタシアの黒猫族互助会の会長をしていたのよ。」

「へえ。」

「シュビスタシア中の黒猫族の面倒を見てくれてたから、多分、街のことには詳しいだろうし、それにとても頭が良いから、きっとこの大都市を纏めてくれるわ。」

「ティナが信頼してるなら、安心だね。」

 エレーシーはティナの押した太鼓判に同意し、再びヴェステックワの方を向き直した。

「この街は、地上統括府市を制圧するまで、拠点となる街だから、発展と防衛を、ぜひよろしくね。」

「分かった。シュビスタシアは私達で何とかしていくから、統括指揮官達は安心して、西に行っておいでよ。」

「任せたよ。」

 エレーシーは、ヴェステックワの背中を2回叩き、その場を後にした。


「こんなに大きな街を任せられそうな人がいて良かったよ。私は、そんなにすごい人知らなかったよ。」

 エレーシーは市役所を出ると、嬉しそうにティナに話しかけた。

「私もこの数日前まで、ヴェスティをこの街に置いていくのはもったいないような気がしたんだけれど、でも、誰かが市長を務めないといけないものね。」

「そうそう。」

「エルルーアとか、ワーヴァとか考えたけど、彼女達には一つの街に留まるよりは、私達と一緒にいて欲しいでしょう?それを考えると、なかなか決まらなくて…」

「いやあ、やっぱりシュビスタシアの事は、シュビスタシアを知ってる人に任せるのが一番だよ。まさか、ティナがこの街の人を知ってるとは思わなかったけど。」

「あの人は、我々黒猫族にとってなくてはならない人だし、白猫族の互助会にも多少は顔が利いてた人よ。」

「なるほどね、私も彼女にどこかでお会いしてたのかなあ。」

「きっと会ったことあるんじゃないかしら。港で働いてたあなたなら…」

 2人で話をしながら、これからのシュビスタシアについて話していると、いつの間にか海岸まで降りていた。

「この港も、我々ミュレス民族の手に取り戻せたわね。」

「そうだね、だけど、まだここから西にはいけないかな…」

「そうね…フェルフがヴェルデネリアで勢力拡大してくれたら、もしかして…でも、せっかくの『商都』も、船が着かなきゃどうしようもないわね…」

「結局、西への道を切り開かないことには、どうにもならないって事か…」

「さすがに、私達と戦っている天政府人が、ミュレス人の港に易々と卸してくれるとも思えないわね…」

「まあ、そこはヴェステックワさんの手腕を見守っていくかな。」

「そうね、私達は、一刻も早く安定させるためにも、西の道を切り開いていきましょう。」

「そうだね、よし、そろそろ明日からの行軍に備えておこうかな。」

「それがいいわね。明日も早いでしょうし。」

「それじゃあ、明日、船着き場で。」

「船着き場で、ね。」

 2人は思い出したように別れ、それぞれ自らの拠点へと急ぎ、明日の準備に取り掛かった。

 2人が慣れ親しんだシュビスタシアをいよいよ後にする時が来た。そして、地上統括府を倒し、ミュレス民族の栄華を取り戻すその日まで、この街に再び帰ってくることはないだろうと何度も口にしてきたが、いよいよそれが現実のものになろうとしていたのだった。特にエレーシーは、これまでシュビスタシアでの苦楽を共にしてきた寝床に、しばしの別れを告げるため、一秒一秒、時が経つのを惜しみつつ、黙々と荷物の整理をしていた。

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