八一 ささやかな晩餐会
やがて、今日も日が西の山々に沈もうとしていた。
しかし、昨日のような疲労だけが溜まっていく日とはうってかわって、非常に晴れ晴れとした気持ちで市長室を後にすることが出来た。
というのも、明日からの計画があらかた決まったからだった。
今日一日で決まったことは、以下の通りだった。
まず、教科書を隠し持ったミュレス軍兵士を、ディアゴリア、ミュッル=アミト=ルビビニア、そして、それ以外にも三街道の大小様々な街の計7都市に派遣し、天政府の秘密裏に、ミュレス民族の正しい歴史とミュレス国の思想を市民達に拡め、その中からミュレス国軍の協力者――後に軍兵士となる――をより多く集める。
そして、協力者にはシュビスタシアに集まってもらったり、その街に待機してもらったりと、その兵士の判断に従ってもらう。
そしてミュレス国軍は、頃合いを見計らって北へと出発し、ベレデネアの北から内陸街道から西進し、街道沿いの村落、そしてミュッル=アミト=ルビビニア奪還を目指す。
計画が決まったところで、ティナはワーヴァを呼び出すと、14人の名前とともに、その者達に市長室まで来てもらうよう伝えてほしいと頼んだ。一方、その他の軍幹部達は、市役所に沢山の椅子と机を用意し、早くから開いている店を訪ねては料理を次々と買い込んでいった。
やがて、市長室に14名の兵士が集結した。
集まったところでワーヴァが扉を開け、軍幹部が料理を前にして着席している市長室へ、一人ずつ入るよう促した。
その14名の中には、幹部達の知り合いもいたが、華やかさの中に緊張感が見え隠れする異様な雰囲気に圧され、誰もが畏まりながらも、部屋の中へと足を踏み入れた。
「どうぞ、こちらから順にお座り下さい」
ティナは、優しく落ち着いた声で、端の席を右手で示しながら、着席を促した。
自分達にこれから何が待っているのか、不安感を抱きながらもあたりを見回しながら着席していった。
「さて、ここに集められた皆さんには、特別な任務に取り組んでいただきます」
ティナの言葉に、兵士達はお互いに見つめ合いながら戸惑いの顔を見せた。
「皆さんには二人一組になって、ここから西の街に散って行って下さい。そして、その街の我がミュレス民族の皆さんに、この書の内容を教えてあげて下さい。もちろん、その狙いは、私達と共に戦ってくれる仲間を見つけるためです。皆さんが頑張って仲間を見つけてくれたら、我軍は天政府軍にも十分対抗できるようになると信じています。だから、皆さんの活動が、我々ミュレス民族の明日を作ると信じて、役目を果たして頂きたいのです。いかがでしょう?」
ティナの説明に、兵士達は応じざるを得なかった。彼女達は一様に頷いて返事をすると、ティナは顔を綻ばせた。
「ふふっ、良かったわ。それじゃあ、成功を願って、前祝いと致しましょう。皆さん、エレーシー達が料理を用意してくれたので、存分に味わって下さい。作戦の詳細については、食べながら話しましょうか」
「わあ、ありがとうございます。それでは、早速……」
兵士達は、軍幹部達が料理に手をつけ始めたのを見ると、方々から次々と料理に手が伸びていった。ティナはその威勢の良さに圧倒され、改めて話を切り出すタイミングを窺わざるを得なかった。
晩餐の盛り上がりが少し落ち着きを見せたところで、やっと作戦の詳細を切り出すことが出来た。
頃合いを見計らって、エレーシーは兵士達一人ひとりに本を一冊ずつ渡した。
「これが、例の本ですか?」
一人の兵士の問いかけに、エレーシーとティナは静かに微笑んだ。
「そう。トリュラリア奪還より前から参加してくれている人の中には持ってる人もいるかもしれないけど、これが、天政府人達が学校でミュレシア史を教わる時に使う『教科書』。私達ミュレス人の学校で使う教科書とは全然違う内容になってる。ここには、天政府人が私達ミュレス人に知られたくないような内容が沢山書かれてる。
私は、この内容をある筋から知ったから、私達は元より天政府人に仕えるための民族なんかじゃない、私達だって、天政府人のように自由を謳歌できた時代もあった事を知って、天政府人への反逆を決意した。だから、初めに総司令官が話したように、この事を、西にいる、まだ天政府人の束縛から離れられない皆に教えて、希望を持って、そして、その希望を現実にするために動いている私達ミュレス国がいる事を伝えて欲しいんだ。
そういう訳だから、皆には、そうだね、2日……2日で本を読んでみて。そうしたら、3日目の夜にここを発って、街々で活動して欲しい」
エレーシーも自分の思いを存分に語り、作戦の詳細を説明し始めた。誰がどの街に行くのか、各々の任務の内容などを、お互いに確認した。
「皆さんにはここを出たら、これまでの数十人単位の部隊から離れて、それぞれ二人一部隊になって、数日間、もしかすると数週間掛かるかもしれませんが、かなり長い間、行動してもらいます。ですが、絶対に天政府人、天政府軍に屈さず、生きてまた我々ミュレス国軍の隊に戻ってくることを願っています。どうか、ご無事で」
別れ際にティナは、これから他の兵士達と別れて極少人数で任務にあたる兵士の一人ひとりとしっかりと握手をし、全員が角を曲がって見えなくなるまで見送った。
彼女達が無事に任務をやり遂げることが出来れば、その街々のミュレス人がこのシュビスタシアにいくらか訪ねてきてくれるはずである。
ティナを始め軍幹部は、吉報を待ちつつ、次の戦いへの準備を進めることとしたのだった。




