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ミュレス帝国建国戦記 ~平凡な労働者だった少女が皇帝になるまで~  作者: トリーマルク
第四章 急速進攻 ・ 第一二節 シュビスタシア奪還計画
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七八 夜空の下での再会

 食事を終えて店を出る頃には、既に日は暮れて空には星が煌めいていた。

「貴女達、寝床はあるの?」

 エルルーアは兵士達に尋ねたが、その反応は大変鈍かった。

「ああ、宿ならワーヴァが確保してるだろうから、皆、市役所に寄ってくれれば、多分、寝る所はあると思うよ」

「さすが、エレーシーね。私達は市役所の宿泊室で寝ましょうか、エルルーア」

「え? えーと、そうね、そうしましょうか、姉さん」

「私は、自分の部屋で寝ようかなあ」

 タミリア姉妹は市役所で寝ることにした一方、自分の部屋がこの街にあるアビアンは、自然と自分の部屋に帰ることにしたようだった。

「エレーシーさんも、『自分の部屋』に帰るの?」

「うーん、そうだね。やっぱり、この街に帰ったんだから、自分の部屋で寝るのが一番落ち着くと思うし」

「まあ、そうでしょうね……でも、一人で寝るのは心細くない?」

「それもそうだね。昔ならともかく、今は少し怖いかな……」

「それなら、誰か兵士を一人泊まらせてあげたら? 護衛にもなるし、その子の寝床も確保できるし、いいことばかりじゃない」

「うーん……そうしようかなあ……誰か一人、私の所に来ない?」

 エレーシーの提案に、兵士達は次々と手を挙げた。

「ああ、そんなに……じゃあ、君」

 エレーシーはその中から、無作為に一人を選んだ。

「それじゃあ、それじゃあ、私の所にも来るって人はいない?」

 急に心細さを覚えたのか、この流れに乗っかろうとアビアンも一夜を共にしてくれる仲間を集め、同じように一人を選び出した。

「じゃあ、皆、ここでお別れしましょうか」

「明日は、何時から今日の続きをする?」

「うーん……そうね……じゃあ、朝の5回の鐘が鳴る時には始めましょうか」

「5回ね、分かった」

 明日の予定が決まったところで、ティナとエルルーアは兵士達を連れて市役所の方へ、アビアンは自分の部屋がある繁華街の西側へとそれぞれ散っていった。

「統括指揮官、部屋はどこなんですか?」

「私の部屋は、この近くだよ」

「いいですね、真っ直ぐ帰りますか?」

「うーん、いや、ちょっと寄ろうと思う所がある」

「寄る所、ですか?」

「そう、北の方の通りだけど……」

「ええ、いいですよ」

 そういうと、エレーシーはアビアンの歩いていった方角へと進んでいった。


 辺りはすっかり暗くなった通りにある一軒の家の戸を静かに叩くと、暫くして一人のミュレス人が出てきた。

「はい?」

「久し振り、リネリア」

「ああ、エレーシー!」

中から出てきたリネリアは、エレーシーの姿を見つけるやいなや、飛びついて離さなかった。

「エレーシー、この街に生きて帰ってこれて良かったよ!」

 その喜びように、トリュラリアの役場で再会したときのアビアンの事と重ねつつ、興奮する彼女を落ち着かせた。

「何か、この街の事について聞いた?」

 エレーシーは、市民に情報が行き渡っているのか尋ねてみた。

「聞いたよ、エレーシー達が、天政府軍を倒して市役所とかを切り盛りし始めるんでしょ?」

「そうそう、そうだけど、誰から聞いたの?」

「えっと、街路会の人から聞いたよ。街路会の人は、互助会から聞いたって言ってたけど」

 シュビスタシア市奪還の事については、それぞれの互助会を通じて広まっているようで、それを知ったエレーシーはほっと胸をなでおろした。

「聞いたのはそれだけ?」

「ん? うん。後は、この街の戦いで100人くらいが亡くなったらしいってことぐらいだけど……」

「あ、それも聞いてるんだ。……名前とかは?」

「名前とかは聞いてないけど……」

 それを聞いたエレーシーは、少し目を泳がせた後に、重い口を開いた。

「その中にね、私達の仲間の……メデレンシアがね……」

「メデレンシアが……?」

 エレーシーは、決定的な一言はどうしても言うことが出来なかった。しかし、リネリアは察してくれていたようだった。

 それからは二人とも下を向いたまま、書ける言葉が思い浮かばなかった。

 二人の間の静寂を埋めるように、すっと冷たい夜風が通りを吹き抜けていった。

「……メデレンシアは、荷降ろし場で働く誰よりも、天政府人に不満を持っていた子だったよね」

「……え? う、うん。そうだね。ミュレス人の働き手の中では、一番天政府人の近くにいたしね」

 エレーシーは彼女に、二人の同僚の死を知らせに来たのだった。メデレンシアは、元々、荷降ろし場の支払所で、金庫役(註:荷降ろし場の代表者を指す)の雑用係として、近隣の村から徴用されてきていた仲間であった。

「でも、あれだけ嫌っていた天政府人に、少しは一矢報いたのかなあ」

 リネリアはエレーシーにふと聞いてみた。

「多分……いや、きっとそうだよ。一矢報いたと思うよ。彼女は『芽生えの日』からずっと、私の下で頑張ってくれていたし。それに、ここを奪還できたら、船着き場の金庫役を任せようかとも思ってたんだけどね……」

 エレーシーは、一つ大きな溜息をついた。

「そっか、エレーシーも支払い所と船頭の板挟みで大変そうだったしね」

「そう。だから、金庫役は市長権限で、私達ミュレス人にして運営していきたいなと思ってたんだよ。彼女は雑用係でずっと見てただろうし、今までの金庫役を反面教師にして、いい運営をしてくれると思ってたからね」

「うーん、そっか。まあ、最近は特にレートが酷くなってたからね……」

「そういう意味でも残念だよ」

「メデレンシアなら、適役だっただろうにね」

「うん……」

 ひとしきり話し終わると、二人は再び俯き、考えを巡らせた。

「統括指揮官……」

 一部始終をずっと黙って聞いていた兵士は、重い空気に耐えかね、二人の間に割って入るように、エレーシーの腕を軽く叩いた。

「え? ……ああ、そうだね」

 ハッとしたエレーシーは、改めてリネリアの方を見直した。

「私はまた西に行こうと思うけど、リネリアはやっぱりこの街に残るんでしょ?」

「うーん……そうだね、私には、天政府人と『戦う』よりは、これまで通り、ミュレス人相手に働く方が身に合ってるかなって思うし」

「まあ、そうだよね、リネリアは」

「船着き場の仕事は私がエレーシーの分も頑張るから、エレーシーも頑張って。無事にやり遂げて、生きてシュビスタシアに帰ってきて、ね」

「役目を全うして、生きて戻ってくるよ」

「絶対ね」

 二人はお互いの役割と目標を確かめ合うと、最後にお互いに強く抱き合い、静かに、言葉には出さずとも、またこの場所での再会を誓ったのだった。

「それじゃあ、私はこれで」

「うん……エレーシー、またね」

「また」

 エレーシーは家の方に歩きながらも、まだ別れを惜しむように後ろを振り向いては手を振りつつ、リネリアの家を後にした。

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