七三 メルヴェ・フィトの丘
エレーシーが照合作業に追われている最中、ハリシンニャ川西岸の船着き場からは、2人の兵士を載せた小舟が一艘、対岸のトリュラリアへと出発していた。
元々、ティナと同じ川船の漕手をしていただけで選ばれたのであった。
「総司令官、どこにいると思う?」
船の前側で漕いでいた兵士がふと尋ねた。
「総司令官? うーん、まさか船着き場で待ってるとは思えないし、多分、町役場じゃないかなあ」
後ろ側で同じように漕いでいたもう一人の兵士が応えた。
「きっと、そうだよ。だって、あの総司令官だもの」
「そうだよね、きっと町役場だよね」
昨日までの緊張感とはうってかわって、大きな山場を越えて一段落した和やかな雰囲気で、ゆっくりとゆっくりと進んでいった。
「シュビスタシアに着いたら、総司令官は喜ぶかな……」
「喜ぶよ、だってシュビスタシアだよ。トリュラリアよりもずっと大きな街だもの」
「でも、統括指揮官は落ち込んでたね」
「確かに、朝見た時、ずっと暗い顔してたよね……」
「失礼します……」
難なくトリュラリアに着いた2人は、町役場でミュレス人の役人に総司令官のそんなに確かでない居所を聞くと、若干不安げに町長室の扉を開けた。
すると、中には長椅子で座ったまま俯いているティナの姿が目に入った。
「総司令官、総司令官……」
兵士に起こされて目を擦りながらも、軽武装をしている彼女達の顔を見た途端、彼女達が訪ねてきた意図を理解した。
「あら、貴女達は……ああ、なるほど」
「総司令官、統括指揮官の命で参りました」
「じゃあ、シュビスタシアは奪還できたの?」
「はい、シュビスタシア市役所を占拠することが出来ました!」
その言葉を聞いて、ティナはふっと明るい顔になった。
「流石だわ。そうと決まれば、早速シュビスタシアに行きましょう! アルミア、トリュラリアの防衛隊は任せるわね」
「は、はい! 分かりました」
ティナはアルミアに町の事を任せると、町役場を飛び出すように後にした。
ティナがシュビスタシアの船着き場から一歩、上陸して最初に感じたのは、ミュレス民族解放を祝う喜びの声よりも、なぜか漂う悲しみの空気であった。
「おかしいわね……勝ったと聞いたけど、そんなに喜んでるようでもない……」
船着き場に付くまでに想像していた高揚感とは全く程遠い通りの雰囲気に戸惑いを感じていた。
「……そうだ、市役所の方に行けば多少は盛り上がってるかもしれないわね……。ちょっと、市役所まで案内してくれるかしら?」
「はい!」
船を陸に上げていた兵士に道案内を頼むと、一刻も早くエレーシーに会って、気になっていた戦況を確かめようと市役所へと足を進めた。
市役所前の通りは既に落ち着いており、市役所の建物を武装したミュレス人達がぐるっと囲っていて少し緊張感が残っている以外は、たまに通っていた平静の時と変わらないように思えた。
「すみません、統括指揮官はどちらに……?」
ティナの前で先導していた兵士が真っ先に、玄関前で監視していた兵士に尋ねた。
「統括指揮官達なら、メルヴェ・フィトの丘に行かれるとおっしゃってましたよ」
「丘……ああ、なるほど。どうも、ありがとうございます」
それを聞いた兵士は、すぐさま踵を返してティナのところへと戻ってきた。
「総司令官、統括指揮官はメルヴェ・フィトの丘に行かれたそうです」
「メルヴェ・フィトの丘?」
「向こうの山の手前の方ですね」
生まれも育ちもシュビスタシアの兵士は、北西にある山並みの方を指差した。
「結構遠いの?」
「そんなに遠くではないです。大体、30分くらいですかね」
「確かに、そんなに遠くはなさそうね。早速、行きましょうか」
「はい!」
メルヴェ・フィトの丘は、市西門を出て坂道を延々と登ったところにあり、ティナが思っていた「丘」のイメージよりも割と高く登ったところにあった高台であり、そこからシュビスタシアの街を一望できた。
「ここがメルヴェ・フィトの丘?」
「そうですね。メルヴェ・フィトといえば、大体このあたりを指すのですが……」
「ここには……誰もいないみたいね」
「うーん……」
「エレーシーはどこにいるのかしらね……?」
ティナが周りを見渡して人影を探していると、案内役の兵士がぼそっと呟いた。
「統括指揮官は、大きな空き地を探されていたなあ……」
しばらく考え込んだ後、一つの考えをティナ達に伝えた。
「ひょっとすると、メルヴェティノル要塞の方かも……」
「メルヴェティノル要塞?」
ティナは、そのシュビスタシアっ子の兵士の話に耳を傾けた。
「ここから、少し東に行った所に、シュビスタシア市の治安管理隊が街の監視所や、関所の隊員の宿泊地として使っているところがあるんです。メルヴェ・フィトの辺りで、統括指揮官が望むような空き地というか、広くて開けた平地があるとしたら、天政府人達が切り開いて使っていたそこかな、と」
「そうね……まあ、ここにいても仕方がないから、そこに行ってみましょうか。それにしても、そんな場所、よく知ってたわね」
「まあ、街から見えますから」
「あ、そうなの?」
「入り口は草を茂らせて隠してあるみたいですけど、多分、昼なら分かると思いますから……」
「まあ、いいわ。行ってみましょう」
ティナは二人の兵士の背中を叩いて移動を促した。
「それにしても、エレーシーは広い空き地でどうしようというのかしら……基地でも作るのかしらね?」
ティナのつぶやきに、前を歩いていた兵士達は聞こえていない振りをしつつ、神妙な面持ちで、一定の速度でただただ歩いた。ティナは、前を歩く兵士の背中に若干異様な雰囲気を感じつつも、エレーシーの事を考えながら、ただただ彼らの後ろをついていくしかなかった。
後ろをついていくこと数分降りたところで、ティナの前を歩いていた二人のうちの一人は、自身の左側に続く茂みをかき分けて、森の中へと入っていった。
明らかではないが、周囲の木々や地面の草によって「道らしきもの」が続いていた。
昼のうちから暗く鬱蒼とした自然の道をさらに数分歩いていくと、やがて目の前に一気に開けた広場が姿を表した。




