七〇 シュビスタシア市役所占拠
シュビスタシア市役所は、これまでの街の役場の中では最も大きいものであった。
エレーシーは数年間住んでいながら全く縁がなかったが、中に入ると、一階から三階まで大胆に天井がくり抜かれた吹き抜け構造となっている中で最も上階の窓から差し込む月明かりに照らされた荘厳な玄関の様子は、さすが商都と改めて感動するほどのものであった。
「……よし、全ての部屋を調べて、天政府人がいないことを確認しよう! 半分は階段を上がって左側、もう半分は階段を上がって右側!」
エレーシーは先に入っていた兵士達に改めて指示を出すと、自ら先導して次々と廊下にある扉という扉を全て開け放していった。
「よし、いない!」
「こっちもいません!」
この夜中の市役所にまさか人がいるとは思わないものの、一応念の為調べさせたが、案の定、誰一人いる気配はなかった。
「いないかあ……せめて市長がいてくれたら、話は早かったんだけれどなあ……」
エレーシーはほっとした反面、少し期待はずれに感じた。
「しかし、誰もいないというのも、また何か好機かもしれない……」
頭の中では先々の事に思いを巡らせていたが、ふと目の前の戦いに引き戻された。
「そうだ、この戦いを終わらせないと……よし、みんな! こちら側の窓のそばに立って!」
兵士達は、なんだか奇妙な指示だと感じながら、言われた通りに一人ずつ、窓のそばに立ち、残りの兵士達は廊下で異常がないか見守り続けた。。
「下の入り口は閉めておいて! みんな、窓を開けて剣を振って、市役所制圧を誇示しよう! それじゃあ……はい、開放!」
エレーシーの号令とともに片側の窓を一斉に開け放し、剣を左右に振りながら顔を覗かせた。
「天政府軍の面々、そしてミュレス民族の仲間達!」
市役所前で交戦し続けていた天政府軍、ミュレス国軍の両軍とも、エレーシーの呼びかけに応じるようにその手を一旦止めて窓の方を見上げた。
「我々、ミュレス国は今、シュビスタシア市役所の占拠に成功した! 明日より、シュビスタシアの市政は、我々、ミュレス国が担う! そして、これよりミュレス国軍は、天政府軍および天政府人『治安管理隊』から、シュビスタシアの自治を防衛するために常駐する!」
ミュレス国軍の兵士一同、エレーシーの宣言に全身を持って喜びを表現し、歓声を上げた。
「待て、待て! 勝手な宣言は許されないぞ!」
エレーシーの宣言に天政府軍の一人が異論を唱えた。
「あら、あなた達天政府軍は、どうせ私達の『前進』を止めるために派遣されたんでしょう? 見ての通り、失敗したんだから、潔く認めたらどうかしら」
エルルーアは、異論を唱えた兵の正面に回り込み、反論を説いた。
「うっ……」
エルルーアに詰め寄られた天政府人は、思わず言葉を詰まらせた。
「周りを見て、勝機があると思う?」
ミュレス国軍の兵士達は、エルルーアが口論を繰り広げている間に、アビアンの指示の下で市役所の正面を守るように二重、三重に隙間なく並んでいた。
「うっ……くっ……い、一回立て直すぞ! 一旦撤収!」
さすがの天政府軍も、ただでさえ数では劣勢の自軍側も少なからず死傷者を出している現状を鑑みて、ようやく撤収に踏み切った。
エルルーアは、アビアンに正面だけではなく、四方全てに兵士を配置して警備を万全にしておくように伝えると、じっと天政府軍が遠ざかっていくのを見送っていった。
「ついに、天政府領ミュレシア第三の都市、シュビスタシア市を、我々ミュレス民族の手に取り戻した!」
天政府軍の影が見えなくなると、エレーシーは窓から身を乗り出して堅く締めた両手を上に掲げて大いに喜び、奪還を宣言した。
「ワーッ!」
エレーシーの宣言の後、ノズティア以来の大歓声が、日の出迫る街中に響き渡った。特に、エレーシーのようにミュレス国結成以前よりシュビスタシアに関わりのあった兵士達にとっては、まさに感無量の瞬間であった。
「これまで、ミュレス国に携わってきた皆は当然、心しているとは思うが、シュビスタシアにおいて、これがゴールではない。我々ミュレス人の手による治世が永く続くか否かは、今日より、我々自らの手に掛かっている! 今、この瞬間は、それのスタートを切ったに過ぎない! 我々が天政府人の手から奪還した以上、今度は天政府人がこのシュビスタシアを再奪還しに来ることは想像に容易い! その時、守り抜けるよう、直ちに万全の防衛体制を築こう!」
「ワーッ!」
市役所前が再び沸いたのを見届けると、エレーシーは直ちに窓に背を向けて下へと降りていった。




