六九 突破口
百戦錬磨の天政府軍には、実質一対一の戦いを挑み続けていても、ミュレス国軍側がただただ戦力を失うのみであった。そもそも、自分達の目標は天政府軍の殲滅ではなく、あくまでシュビスタシア市役所とシュビスタシア市を、ミュレス民族の手に取り戻すことであった。
要は、市役所の中に入ってしまえば情勢は一変し、戦いの主導権を得ることができる。エレーシー達はそのように考えていた。
「任せて!」
盾を持った兵士達は、最前線で劣勢に立たされている剣士隊に割って入ると、一人の天政府人を二人から三人がかりで一所懸命に、力づくで押し込めようとした。
「な、こいつ……」
これに負けじと天政府軍の面々も、ミュレス国軍の力に圧されないようにがっしりと踏みしめ、攻撃に耐えようとした。
「負けるなー! 加勢するよー!」
弓矢部隊や、負傷していない剣士隊の兵士達も、最前線に立つ部隊を後ろから押し、こちらも天政府軍に逆に圧されないように仲間を支えた。
どちらか、先に力を抜いた方が負ける。双方ともにそれだけは確信していた。
場は剣が舞い、火の粉を散らす戦場から、単純な力勝負の場に変化していた。
兵士の流れを統制していたエルルーアは、ふと天政府軍の一人の様子が目に入った。
「ちょっと」
エルルーアは、近くにいた兵士を呼び止め、相手側の兵士を指差した。
「ほら、ほら。あれ……」
「あっ……」
兵士も何かに気づいたようで、エルルーアと目を見合わせた瞬間、背中を一つ叩かれて最前線の方へと忍び寄っていった。
二人で盾を並べて休む間もなく全力を傾けている仲間を盾としてながら背中を屈めてひたひたと歩み寄ると、盾と盾のほんの僅かの隙間から相手側に気付かれないように下から手を入れた。
兵士の手元と目を繰り返し注視し、頃合いを見計らうと、相手側の兵士が盾に力を入れた瞬間、逆側の手に持たれた剣の柄をしっかりと掴んだ。
「……あっ!」
剣を奪われたことに気づいた兵士は思わず声を上げ、無意識に剣を持っていた右手に目をやった。
「ワーッ!」
声を上げ、思わず盾の持ち手の力が緩んだその一瞬、これまで押していたミュレス国軍の兵士の方が力が勝った。
兵士は力そのままに、ひるんだ相手を薙ぎ倒すと、一気に市役所の入り口へと走り出した。
「よし、線が切れた! 突入! 突入ー!」
周りの剣士と同じように兵士を後ろから押していたエレーシーは、ふと天政府軍の成していた堰が切れたのを見ると、大声で周りの兵士に合図を送った。
「えっ?!」
「えっ?!」
エレーシーの言葉に、天政府軍の数人が多少反応を示した。
「ワーッ!」
一瞬反応した所から順に、天政府軍の堰が次々と切れ始めた。
「行け! 行け! 行けー! 市役所の全てを制圧せよ!」
エレーシーの号令の下に、エルルーアとアビアンは、やや離れたところで戦いに備えていた兵士達を煽り、次々と市役所の中へと途切れる事なく送り込んだ。
「あっ、待て!」
ミュレス国軍の流入に気がついた天政府軍も何とか市役所に上がっていくのを阻止しようと、兵士達を後ろから抑え込んだり、斬りつけたりしたが、一度切れた堰を再び止めておくのはほぼ不可能となっていた。気がつくと、ミュレス国軍は、半円状に並んだ天政府軍の内側にも入り込み、外側と内側の両方から剣を突きつけられていた。
「エルルーア、地上の防衛は任せたよ」
エレーシーは他の兵士とともに半円の内側へと潜り込むと、そこから外側にいるエルルーアに声を掛けた。エルルーアは、明確に返事はしなかったが、目と僅かばかりの頷きで応え、再び兵士に細やかな指示を絶え間なく出し続けた。




