六六 ハリシンニャ川岸通りを南下せよ
部隊は、切り開いてきた道を一気に駆け下りることで、ものの十数分で下山することができた。エレーシーは、久しぶりの戦闘に胸の高鳴りを感じ、ぐっと抑えながらも冷静を装いつつ部隊の統制に専念していた。
「皆、いい? これから、皆が慣れ親しんだシュビシタシアに攻め入るけど……敵はあくまで天政府人。シュビスタシアは、私達ミュレス人のものだからね。窓は壊していいけど、建物は壊さない。あと、武装兵とは徹底抗戦する。でも、武器を持っていない天政府人は基本的に捕らえるだけ。あと、ミュレス人はあくまで『保護』する。最終目標はこれまでと同じように、市役所の制圧。皆、市役所がどこにあるかは分かってるかな?」
エレーシーは改めて重点項目を伝え、兵士達はそれに頷いて応えた。
「それじゃあ、行こう! 制圧へ!」
「はい!」
エレーシーは返事を聞くと、再びシュビスタシア北門の方へ向き直し、一つ大きく深呼吸をして勢いよく走り始めた。
「行け! 行け!」
アビアンとエルルーアは、集団の両端から声を上げて兵士達を煽り立てた。
「よし、北門だ! 第二部隊はアビアンとフェルスピア通りの方を! 第三部隊はエルルーアとアルティア通りの方を! 第一部隊は、私と沿岸通りの制圧に行こう!」
「はい!」
北門の警備は期待通り薄くなっており、ただ一人見守っているのみだった。
「あっ……」
ミュレス国軍の、その数とスピードに警備役の天政府人は圧倒されてしまい、何の抵抗もなくただ見守るしかなかった。
「よし、じゃあ、市役所で!」
「市役所で、ね!」
3人はそれぞれの通りに分かれ、各々市役所を目指した。
エレーシーがとった作戦は、他の街の制圧にも使用した、複数方向作戦だった。頭数だけは多くあるミュレス人だからできることであり、たとえ一つの部隊が足止めされたとしても、残りの部隊が先に市役所の方へ歩を進めることができるのではないかという考えであった。エレーシーが指揮する第一部隊は、市役所へ一番早く到達できると思われる部隊であった。
エレーシーの率いる部隊は、ハリシンニャ川西岸の通りを南下していた。
ハリシンニャ川が建物と建物の間に見えるこの通りは、エレーシーが計量官としてこの街で働いていた時、毎日のように見てきた通りであった。
「やっぱり、深夜は人通りが少ないなあ……誰もいないか……」
繁華街より2,3本離れているからなのか、それとも自分の知らない間に地上統括府から何か御触書が出たのか、ミュレス人どころか、自由なはずの天政府人の姿までもが消えていた。
やがて、左手にさらに見慣れた建物が見え始めた。ハリシンニャ川の荷降ろし場である。エレーシーが数週間前まで職場としていた、あの荷降ろし場だ。
その建物を見ると、ふと同僚の顔や、数々の漕手の顔がふと頭をよぎった。そして、その中にはティナも含まれていた。
「ティナ……ティナが頑張ってくれたんだから、こっちも成功させないと……」
エレーシーは、自分に課せられた任務に対して、達成させなければならないという強い義務感を覚えつつも、荷降ろし場の横を通り過ぎた。
「あっ! お前達は!」
ちょうど船着き場の横を通り過ぎようとした時、通りの騒ぎを聞きつけたのか、例のミュレス国軍小舟部隊と戦っていたと思しき天政府人の一団が姿を現した。
「あっ! 気づかれたか……」
エレーシーは、顔をしかめつつ立ち止まった。
「あの船団は囮だったのか……治安管理隊を召集しろ!」
「あの……剣士隊は川に……」
「まだ戻ってきてないのか! とにかく、戦える者なら誰でもいい、早く誰か呼んでこい! 一秒でも早く!!」
「は、はい……」
エレーシー部隊の突然の出現に天政府側は大層驚き、慌てふためきながら船着き場の方へ走っていった。
「くそっ、ここまで攻め入れられたら……」
一方で、突然の出現に驚いたのは天政府人だけではなかった。エレーシー達も、ついつい市役所への最短経路だと安直に考えてこの川岸の通りを選んだことを後悔した。暗闇から現れた天政府人達に、一瞬ひるんで敵方の会話に聞き入っていたが、ふいに我に返った。
「ひとまず、戦闘準備!」
エレーシーの号令とともに、剣を持つ兵士達は一斉に剣に手をかけた。
「おっ」
ミュレス国軍側が一斉に構えたのを見て、天政府人は短く声を上げたが、剣士隊を呼びに行った者はまだ帰ってきておらず、為す術は何もなかった。
剣士隊が駆けつける前なら押し通せる。エレーシーはうろたえる相手を見て、直感的にそう感じた。
「勢いよく、迷わず行くぞ!」
「おーっ!」
エレーシーは後続の兵士達を煽ると、攻撃する素振りを見せつつも、天政府人達の横を素通りして、ひたすら市役所の方へ一直線に向かっていった。後続も立ち止まること無く、天政府人がいないかのように無視して走り抜けていった。




