六四 バトンを繋ぐ
ティナはふと、シュビスタシアの方を眺めた。
陸の方にはまだ人が固まっていた。
そして、天政府人の船との距離が若干空いたのを確認すると、行灯の風防を開けて灯芯を川に投げ入れた。周囲の舟も、ティナの舟の灯が消えたのを見て、同じように行灯の火を落とした。
天政府人たちは急な対応で行灯を用意してこなかったらしく、ミュレス国軍勢が行灯を消すと、辺りは全く真っ暗になってしまった。
「お……お?」
周りに明かりのない川の真ん中で、天政府人たちは前を進んでいたはずのミュレス国軍の船団が一斉に消えたことにうろたえ、思わず棹を止めた。
「あれ? どこ行った?」
天政府人の一人が舟を止めると、後ろを追っていた舟に当てられた。
「痛っ。どうした!? なぜ止まってる!?」
「消えてしまいました!」
「ばかもの、それは灯りを消されただけだ!」
「でも、どこへ……?」
「とりあえず真っ直ぐ、あの街の明かりの方に進め! 向こうよりも早く漕げば、いずれ追い付く!」
「あ、はい!」
檄を飛ばされた者は、再び棹を忙しく動かして闇雲に舟を進めた。
しかし、行灯を消していったミュレス国軍の船団を追えるはずもなく、また川を渡った経験も殆ど無かった天政府人の舟は、気がつけばトリュラリア郊外の砂浜に座礁してしまったようだった。
天政府人が追えなかったのも当然で、ミュレス国軍の舟は行灯を消し、作戦の通りにそれぞれバラバラにトリュラリアの船着き場に着いていた。船着き場に着いた兵士達は、さっさと舟を陸に上げて街中の指定された宿屋に集合していた。
「1,2,3……よし、皆いるわね」
ティナは、頃合いを見て人数を数え、港を発った兵士達が全員何事もなく帰ってきたことを確認して、ひとまず安堵した。
「さて、ひとまずこれで私達の使命は果たせたわね。ちゃんとシュビスタシアの守護隊をある程度は引きつけられたはずだわ」
「じゃあ、あの川の向こうでは今頃……」
一人の兵士が、ハリシンニャ川の方に目をやった。
「そうね……今頃、シュビスタシアでエレーシー達がやってくれてる事を祈りましょう。私達にやれることは、その程度だわ」
ティナは心配そうな目で話した。
「とにかく、皆、お疲れ様。後は、シュビスタシア遠征組の便りが来るまで、休息を取っておきましょう。ここの宿屋に皆の分の部屋があるから、ゆっくり休んでおいてね」
「はい!」
ティナはそれだけを端的に伝えると、宿屋を後にして町役場の町長室で一人、エレーシー側から使者が派遣されるのをただ待ち続けた。
トリュラリアは、昨日までと変わらない夜の静けさを保ち続けていた。
しかし、川の対岸、シュビスタシアでは、壮絶な戦いを繰り広げているに違いなかった。
ティナは、はやる気持ちを抑えながら、町長室に据えられた応接用のいすに腰掛けて、腕を組みつつただただ、待つのみであった。




