六二 小舟部隊、行動開始
一晩が経ち、いよいよティナも自らの隊を導いていく時が来た。
エレーシーが華々しくトリュラリアを発ったのに対し、ティナの小舟部隊は、港に密かに集まった。
30艘程の小舟の前に集まったのは、総勢90人の元漕手の兵士達であった。
「総司令官、統括指揮官の隊は、もう待機してますかね……?」
兵士の一人が、ティナにふと話しかけた。
「北に上って最初の村から渡れば、一日で着くはずだから……まあ、向こうから動くわけにはいかない以上、無事に到着してくれたと信じて遂行するしかないわね。こっちも遅れると、向こうが勇み足を踏みかねないし……」
「そ、そうですね……なにか合図はないんですか?」
「うーん、最後までそれも考えたんだけど、どういう合図を出しても、いざ天政府人にそれを見られたらそっちに目が行く可能性もあるから、やめたのよ」
「そうですか……」
「さて、最後の準備をしましょう。みんな、櫂と弓は準備できたかしら?」
「弓は、一艘に一つでいいんですよね?」
「うーん……前衛側の方に載せましょう。後ろ側は、さっさと逃げるだけだし、盾だけあれば十分だと思うわ。あ、櫂は一人一対でお願いね」
「はい!」
ティナが指示する通り、前側を任された小舟には弓矢が載せられた。もちろん、漕ぎ手でありながら弓矢を正確に射ることができる兵士はそうそういないが、せめて矢が届けばいいかと考えていた。
「もうそろそろ、行きましょうか……皆、準備は出来たわね?」
ティナは、あまり騒がれないように声のトーンを落としながら、辺りを見回して様子を確認した。
「それじゃあ、行きましょうか」
ティナは、同じ船に乗り込む兵士と一緒に小舟を持ち上げ、川に浮かべると、3人次々と乗り込むと、漕手の一人以外は、すぐに船の上にひかれた布の下に隠れた。ティナ達が桟橋から少し離れたところで待っていると、他の兵士達も続けて小舟を川に浮かべた。静かに流れるハリシンニャ川に、総勢30艘の船団が夜の闇の中に漕ぎ出した。
「向こうの岸に誰もいなかったら、どうします?」
静寂に耐えきれなくなったのか、また兵士の一人がつぶやいた。
「商人の皆さん、昼がだめなら夜もと挑んで、追い返されているのよ。今日もきっと、見張ってるに違いないわ」
「そう……そうですか……」
ティナが船の進む先を見てみると、夜が深まってもほの明るく輝く、懐かしきシュビスタシアの街が目の前に浮かび上がってきた。
「ほら、シュビスタシアの港が見えてきたわよ。行灯の用意をして」
ティナの合図を皮切りに、前の方からポッ、ポッと船の後ろ側に火が灯り始めた。
ティナの乗った小舟がシュビスタシアの船着き場に近付こうとしていると、陸の方はすでにものものしい雰囲気に包まれていた。船着き場には、すでに多くの人影が姿を現していたからだった。
「あら、もうずいぶんとお出ましになってるわね」
「治安管理員ですか?」
「どうかしら……天政府『軍』の可能性も無くはないけれど……」
「彼らが治安管理員なら、北側の警備は手薄になってるかもしれませんね」
「ちょっと、あまり大声でその事を話してはだめよ」
ティナ達は、その姿にひるむことなく、さらに船を進めていった。
「ま、待て! 船を繋ぐな!」
一番に船着き場へと到着したティナの小舟は、船着き場への停泊を拒否されてしまった。
「あら、何故?」
「何故も何も、こんな真夜中に……」
陸の天政府人は、ふと、川の中程に目をやった。
2~30もの行灯の灯りが、あちらこちらで揺らめいていた。
「な、何だ、何だ、お前たち。ただの商人なのか?!」
天政府人は、驚きと狼狽の表情を見せた。
「あら、何故、商人じゃないと?」
ティナは、終始冷静を保ちつつ答えた。
「こんなに大所帯の船の群れを、ただの商人が引き連れるものか!」
天政府人は、一層凄んでみせた。
やがて、この騒ぎを聞きつけたのか、気がつくとさきほどの倍ほどの人が集まっていた。
「どうした、どうした」
武装した天政府人が、この陸の集団の長らしき人物に話しかけた。
「まあ、待て。ここに、妙なミュレス人共らしき船団が来てる」
「え? あ、本当だ」
「なにかおかしい。一応、そちらからも、人を出してくれ」
「わかった」
そう言うと、武装した天政府人は、上流の方へ走っていった。
暫し、陸の天政府人と川のミュレス人の間に、妙な緊張感が生まれた。天政府人達が会話をしている間に、小舟は幾何学的に綺麗に並んでいた。
天政府人には、目の前のミュレス人の一団が、「何か」を企んでいることは目に見えていた。彼らは彼らで、人を集めようとしていたのだった。




