五四 お忍びの酒場
日没を告げる鐘が鳴ったのを確認すると、ティナ、エレーシー、エルルーアの3人で町役場に向かった。
ティナは、今度は誰に言うでもなくすぐに町長室に向かい、扉を叩いた。
「アビアン、準備はできたかしら?」
扉を叩いてしばらくすると、バッと扉が開いた。
「お、みんなお揃いだね! こっちは準備できてるよ!」
「よかった。それじゃあ、行こうか。ところで、お店ってどこ?」
「この近くだから、すぐ分かるよ」
「近くなら何かと便利ね。早速行きましょう」
じっくりと見たことはなかったので気がつかなかったが、町役場から少し歩いたところ、宿屋街より少し離れたところには酒場が密集していた。
ティナ達が酒場の様子を見ながら歩いていると、中にはつい先程まで自分たちと行動をともにしていた兵士達が中で楽しそうに談笑しながら飲んでいる姿もよく見えた。
「わあ、兵士の皆もトリュラリアに帰って来られて楽しくしてるみたいだね」
「そうね。まあ、何の考えもなしにシュビスタシア攻略、なんてことはないだろうし、私達が作戦を練り終わるまではたっぷりと休んでもらいましょう。もちろん、管理はしておく必要はあるかもしれないけれど……」
「姉さんは優しいわね。まあ、だからこそみんな付いてきてくれているのかもしれないけどね」
「そうかもしれないわね、エルルーア。あの本によると、私達ミュレス民族は結構広いところにいるみたいだし、長期戦も覚悟しなければならないわ。地上統括府市を陥落させるにしてもね。だから、こういう休める日もないと続かないわよ、やっぱり」
エルルーアは、兵士同士が酒を囲んでいつになく楽しそうに談笑している様子を改めて眺めた。
「まあ、姉さんの言う通りかもしれないわね……」
その三人の会話を背中越しに聞いていたのか、突然アビアンは振り返った。
「さあ、さあ、私達も、兵士達に負けないくらいに盛り上がろうよ!」
「ははっ、アビアンは変わらないね」
「私達は作戦会議も兼ねているんだから、ほどほどにね?」
「わ、分かってるよ。ほどほどに、確実に盛り上がろうね」
「まあでも、アビアンの言うことももっともかもね。一日一日、大切にしていかないとね……」
エレーシーは頭の後ろで手を組んで、アビアンの一言をきっかけにこれまでの忙しかった日々と、明日もわからず最前線で戦ってきた、その情景を思い出しながら歩いた。
「ところで、お店はまだなの?」
「ああ、お店はあそこだよ! あの椅子が出ているところ」
アビアンの指差す先には、既に人でごった返している酒場があった。
「結構繁盛しているようだけど、これから座れるの?」
「大丈夫、大丈夫。なんたって、私は町長だからね!」
そういうとアビアンは自信ありげに店の中へと入っていった。
酒場は、外で見たのと同様に中も人でごった返しており、もはや空いている席を見つけるのは困難に感じられた。
「ねえ、やっぱりここ満員だよ? 他の店にしたほうが……」
「大丈夫、大丈夫。すみませーん!」
アビアンは店員の一人に話しかけた。
「あ、町長。それに……総司令官さん!?」
店員は非常に驚いた表情を隠さなかった。
「気にすることはないよ。私も軍の立ち上げ人だから」
「そ、そうでしょうけど……それで、あの、皆さんとお飲みになると……?」
「流石だね、そうだよ」
「……あの、やっぱり個室じゃないとだめでしょうか……」
「えーと、そうだね。例のところがいいな」
「例のところですか。ちょっと確認してみます……」
店員は慌ただしく、店の奥へと消えていった。
「ねえ、アビアン。『例のところ』って?」
「見ておけば分かるよ、エレーシー。多分……空いてるから」
アビアンも少し不安そうな面持ちで、先程の店員が帰ってくるのを待った。
「ええ、空いてますので。こちらをどうぞ」
そういうと、店員は右手の握りこぶしを突き出した。アビアンは慣れた手付きですぼめた右の手のひらを差し出した。
店員はアビアンの手を左手で覆うと、右の握りこぶしを開いたようだった。
「じゃあ、少し経ったらいつもの感じでよろしくね」
「かしこまりました。お持ちしますね」
そういうと、アビアンは店を出ていった。
「あれ? あの店では飲まないの?」
エレーシーは呆気にとられた顔をして聞いた。
「『例のところ』があるの」
すると、アビアンは小路に入り込み、すこしみすぼらしげな小屋の前で右手を開いた。
その手のひらには、若干錆びかけた鍵があった。
アビアンは錠を開けて4人を中へと案内した。
「ここは?」
「ここはあの酒場の秘密の席だよ。元々は、天政府人の商人と荷主が接待とかの時に使ってたみたいだけど、私がそういう用途以外にも開かせた訳。といっても、秘密なのには変わりはないから、知っているのはごくわずかみたいだけど」
「へえ、シュビスタシアの例の2階の部屋みたいなものか」
「そんな感じかな?」
頭上のランプに次々と火を灯して席につくと、とりあえずはアビアンがこのトリュラリアの町長として過ごしている日々の苦労話などを一方的に話し続けた。ティナ達は町長業の苦難を、自分達と照らし合わせながらも静かに愚痴を聞いてあげていた。
しばらくすると、扉を叩く音がした。
「町長、失礼します」
先程の店員が、酒や料理を一度に持ってきて、5人の前の机に次々と並べ始めた。そしてそれが並び終わった頃には、机の上は料理でほぼ埋め尽くされてしまっていた。
「何か御用のときは、そこの裏口からお申し付け下さい。それでは、ごゆっくり……」
そう言うと店員はすっと扉を閉めた。
「それじゃあ、酒も料理も揃ったことだし、飲み始めますか」
「……これも民族のため?」
「まあ、いろいろと考えれば……」
ティナはスッとグラスを手にして高く掲げた。
「民族の明日のために」
「民族の明日のために」
ティナの掛け声に合わせて他の面々もすかさずグラスを手に取り、乾杯の意を示した。




