五三 不慣れな町長業
ミュレス国軍の一行は、途中の街によりつつ、十日ほど掛けて再びトリュラリアの街に戻ってきた。
この街を出た時の何倍もの規模にまで大きくなった軍の行進に、大街道を歩いていた商人や町人は皆、圧倒されていた。
「よし、それじゃあ、ここで一旦、解散しましょう。トリュラリア出身の方々はそれぞれの家に、それ以外の方々は……とりあえず空きがあるだけ宿屋に泊めましょうか。ワーヴァ、その辺りの手続きをお願いするわね。あと、あぶれたら、そうね、町役場とか治安管理所とかのお世話になりましょうかね」
「ワーヴァ、トリュラリアって結構宿屋あるんだよね?」
「え、そうですね。元々交易の街ですし」
「それじゃあ、交渉の方、お願いするわね」
「あ、分かりました!」
返事をするやいなや、ワーヴァは宿屋に走っていった。
「私達は、町役場に行って、仮でもいいから寝床をもっと確保できるように話をしに行きましょう」
ティナはエレーシーの背中を叩きながら、町役場の方を指差しながら交渉に行くよう促した。
「あまり野宿もさせたくないし、それに……」
「元気にやってると良いわね」
二人は兵士達の事をエルルーアやワーヴァ達幹部に任せると、笑い話を交えながら町役場へと向かった。
二人は町役場に現れると最大級のもてなしをもって迎えられ、すぐさま町長室まで案内された。
「町長、副町長、総司令官と統括指揮官がお見えですので、お通し致します」
「どうぞ、お通し下さい」
町長室の担当の者が扉を叩くと、扉越しに副町長のアルミアと思しき冷静ぶった声と同時に、ガタッという物音が中から聞こえてきた。
異様な物音にティナ達は若干訝しんだものの、さっと扉が開かれて通されると、ひとまず水に流して町長室に一歩足を踏み入れた。
「エレーシー!」
足を踏み入れた途端、エレーシーは突如、強く温かな衝撃に包まれた。
「ア、アビアン……」
エレーシーはその時こそ何が起きたのか分からずに戸惑ったが、すぐに状況を飲み込み、受け入れた。
「また会えてホッとしたよ!」
町長のアビアンは、部下のアルミアが見ているにも拘らず、エレーシーが息苦しさを覚えるほどに強く強く抱きしめ続けた。
「アビアン、どうしたの? いつもより何か……元気だけど」
エレーシーは興奮して離さないアビアンの背中を優しく叩いて落ち着かせた。
「だって、私、こんなに多くの人の上に立ったことがないから、毎日不安で……」
「アルミアも協力してくれるんでしょ?」
「そりゃあ、まあ、協力してくれてるけど……でも、これまで天政府人がやってたことを急に私達がするってなったら、毎日、毎日、問題が起きて大変なの!」
アビアンは、久しぶりに弱音を吐けた喜びからか、抱きしめる腕に力が入った。エレーシーは、自分の腕の中で笑ったり焦ったりと忙しいアビアンと、遠巻きに見ながら冷静な顔をして見守っているアルミアの顔を見比べながら次にかける言葉を考えていた。
「あら、あら。何?」
ティナは二人を引き離すでもなく、横に立つと手を後ろに回して組みながら様子を見つめていた。
「アビアンが久々に会えて嬉しいって」
エレーシーは優しくアビアンを受け入れながら答えた。
「相当寂しい思いをさせてしまったみたいね」
ティナは少し苦笑いしながら二人を見つめた。
「それに……これまでは普通に街で会うことも出来ていたけど、ずっと遠くに行ってるし、それに戦いの日々じゃ、いつ死ぬかも分からないでしょ……ティナもだけど、エレーシーもどうしているのか気になっちゃって……」
「そ、そうだね……」
「……と、ところで!」
二人の長い長い再会ムードに飽きたのか、そうでないのか、ティナは手でいきなり二人を引き裂くような振りをしながら無理やりに口を挟んだ。
「感動の再会に水を差すようで悪いけど、まずは兵士達の寝床を確保してあげましょうよ。アビアン、町役場の中とか治安管理所とかが使えないかなと思って、交渉しに来たんだけど……」
「え、あ、寝床……?」
「アビアン、私達が別れた時よりも結構兵士が増えてるんだよ。だから、もし宿が足りなかったら、あぶれちゃう人も出てくるんじゃないかと思ってね」
「そ、それでよくここまで……」
「可哀想なことだけど、野宿というか簡易のひさしや小屋みたいなのを作ったりしてたのよ。でも、次はとっても大事な戦いだから、兵士の皆にはしっかりと休んでもらいたいのよ」
「大事な戦い……それじゃあ、いよいよ私達の……」
アビアンにも、これから先に立ちはだかるモノを感じ取ったようだった。
「そう、いよいよ私達の出会った、シュビスタシアの制圧を図るんだ。そのために、わざわざ東の果てまで行ったんだからね」
「……あ、それじゃあ、町の施設に泊まっていって!」
アビアンはティナとエレーシーの手を握り、興奮のあまり振りながら伝えた。
「いいの?」
「だって、皆、私達ミュレス人の明日の為に精一杯頑張ってくれてるんだもの! 宿にあぶれちゃっても、ゆっくり備えて欲しいからね! ね、いいでしょ?」
アビアンは後ろを振り返ってアルミアに同意を促した。
「え? あ、い、いいでしょう。あ、でも、治安管理所に泊まるときは、誰か幹部級の人も一緒に泊まっていって下さいね。まさかとは思いますけど、万が一もありますし、安全のためにも……」
アルミアは急に話を振られて驚きながらも、冷静に返した。
「アルミアも言ってくれてるし、いいよ! 皆で頑張ろう!」
アビアンの快諾を受けて、ティナも改めてアビアンを優しく抱き寄せた。
「それでは、ワーヴァや兵士達に伝えましょうか。寝床が確保できただけでも嬉しいはずだわ」
ティナは部屋を出ようとしたが、何かを思い出したように再びアビアンの方を向いた。
「あ、そうそう。せっかく再会できたんだから、この後飲みに行きましょうよ」
「お、いいね。アビアン、行こうよ」
「分かった! 行ってもいいでしょ? アルミア」
アビアンはアルミアの方を振り向いて笑顔で了承を求めた。
「え、でも町長の仕事は……」
「ティナとエレーシーはただの友達じゃなくて、総司令官と統括指揮官だよ? 断れるわけないでしょ」
アビアンはその言葉に隠しきれない笑みを浮かべた。
「そうかもしれないわね。それに、私達もただ友達だからって飲みに行きたい訳じゃないしね」
「え?」
アビアンはふと疑問の表情を見せた。
「私達はシュビスタシアから離れていたから、対岸の町で見てきたアビアン達に新しい情報を教えて欲しいのよ。まあ、それもあって、誘いたいわけなの。どうかしら、アルミアも……」
「……え? でも、二人で居なくなったら……」
「夜中までずっと泊まり込んで仕事をしているの?」
「別に、毎日夜中までって事はないですけど……」
「それなら、今日はお休みにしたら?」
「よりによって今日ですか……?」
「会議よ、会議。町役場の仕事が気になるなら、戻ってきてからすればいいわ。さあ……」
ティナはアルミアに歩み寄り、背中を押しながら部屋の外へと連れ出そうとした。
「そ、そうですね。誰でもない総司令官のお誘いですし、それでは……」
「決まりね。じゃあ、お店の都合は、誰に任せようかしら?」
ティナは全員の顔を見回した。
「私がやるよ! この何十日で結構、この町の酒場にも詳しくなったから!」
「町長、まさか……」
「アルミア、町長にもなったら付き合いも増えるんだよ」
アビアンと最も付き合いの深いエレーシーは、アビアンの肩を持ってアルミアを説得した。
「そ、そんなものなんですね……?」
「それじゃあ、アビアンに任せましょう。時間は、そうね……日が沈んだらでいいかしら?」
「いいね。それまでに終わらせよう。私達の仕事も、アビアン達の仕事も」
「よーし、アルミア、ちょっと大変かもしれないけど頑張ろうね!」
「は、はい……」
早速机に向かいながらペンを手に取ると、意気揚々として仕事に向かったアビアン達を見て、ティナ達は笑みを浮かべながら部屋を後にした。




