五一 ヴェルデネリア・ミュレス民族自治政府
「やっと終わった……」
「私達で天政府軍に勝てたんだ……」
「なんにせよ、これから、この町は私達の自由だ」
天政府軍が帰ると、方々から勝利を祝う声、安堵する声、そして犠牲者を悼む悲しみの声など、様々な声が湧き上がった。
様々な思いを抱いていたのは、フェルファトアも同じだった。
「誰か、衛生部隊を呼んできて! エルーナンが負傷した!」
「はい!」
フェルファトアは兵士に応援を要請すると、すぐさまエルーナンの下へ駆け寄った。
「なんとか、終わったね」
「それよりも、貴女の傷だわ。大丈夫?」
「どうってことないよ。今は、確かに痛いけど、そんなに深くなかったみたい」
「そ、そう……」
「まあ、斬られた時は終わりも覚悟したけど」
「ごめんなさい、こんな……」
フェルファトアはエルーナンの首に腕を回し、ぐっと抱き寄せた。
「いや、いいよ。それよりも、あの時の天政府軍の兵士の顔だよ」
「あれは、狂気に満ちていたわね……」
「私一人だったら、間違いなく……」
「ええ……」
二人はそのまま、しばらく黙り込んでいた。
「統括指揮官! 衛生部隊です! エルーナンさんが負傷したと聞きましたが!?」
「あ、ありがとう。そうなの、背中を剣で斬られて……」
「それは早く手当しないと……エルーナンさん、立てますか?」
「多分ね……あ痛たた」
「痛みますか?」
「ま、まあね」
エルーナンは、衛生部隊の兵士達に掴まりながら立ち上がった。
「フェルフ、今日のことは気をつける必要があるね。意外と死は身近にあるよ」
「そうね……」
エルーナンは、部屋を出ていく直前に、フェルファトアに一つだけ忠告をしていったのだった。
「やっと終わった……この防衛戦が……」
フェルファトアはふと気を抜いた瞬間、腰に力が入らなくなり、床に座り込んだ。
「フェルファトアさん、防衛成功です! ……あっ、フェルファトアさん、大丈夫ですか!?」
エルーナンと入れ替えに部屋に飛び込んできたフェブラは、暗い部屋の中で壁に背中を預け、うつろな表情で窓から見える夕焼け空をぼんやりと眺めていたフェルファトアを見つけるやいなや、側に駆け寄り揺さぶった。
声をかけてもあまり反応は返っては来なかったが、揺さぶって初めて気がついたようだった。
「大丈夫よ、ちょっと疲れがね」
「トリュラリアからここまで、休まる日は殆どなかったですしね……お気持ちはわかりますが……」
フェブラはフェルファトアの側に座り、同じ様に夕焼け空を見ながら、トリュラリアの宣誓からこれまでの道のりを思い出していた。
「ヴェルデネリアの奪還も果たしましたし……これで私達の西軍の役目は果たせましたね……」
「……いえ、まだ終わっていないわ」
フェルファトアは、力なく立ち上がり、窓から外の様子をぼんやりと眺めた。
外では、フェブラの指示の下で石の片付けや、両軍の遺体の識別作業、流れた血の清掃作業などが行われており、この戦いの惨状が見て取れた。
「一度、天政府軍を打ち負かしたからと言って、もう金輪際来ないという保証はどこにもないわ。むしろ、相手は『奪われた都市』を奪還しようと、むしろ先程以上の軍勢を引き連れて来るでしょうね」
「あれ以上……」
フェルファトアが軽く口にしたその言葉に、フェブラは一気に血の気が引く思いがした。
「残念ながら、終わりはないわね。地上統括府の上の、本元の天政府が不可侵宣言を出すまでは。もっとも、あの私達を人とも思わない天政府人なら、それすら反故にするのも容易いかもしれないけれど」
「終わりはないんですね……」
「そうね……」
「でも、今日は私達の方が多いから、負けませんでしたが、亡くなった方は、私達の方がざっと倍以上も多いんですよ。これより強くなったら、私達に打つ手はあるのでしょうか……」
フェルファトアは、あの兵士が切り込むために射った弓矢を手にした。
「確かに、あの長い剣も身軽に振ることが出来て、そもそも私達にはどうにもならない空までを飛ぶ天政府軍。軍備も豊富。私達には持っていないものを沢山持っているのは確かだわ。だけど……」
フェルファトアは、弓矢をフェブラに優しく渡すと、そのまま手を握ったまま再び語った。
「今は、あの隊長が言っていたように、『素人集団』なのは間違いないんだから、そこは工夫しながらごまかしていくしかないわ」
「聞こえていたんですね……」
「防具、剣、弓、そして投擲。私達に必要なのは、モノと、技術よ」
「技術……ですか」
「どちらも難しいとは思うけれど……みんなで知恵を出しながら、絶対に負けない、強い都市を作りましょう! 東軍のティナ達が羨むほどのね」
「そうですね、頑張りましょう!」
フェルファトアとフェブラは、再び握手をして、天政府軍と地上統括府の打倒と、ミュレシアの奪還を果たすべく、まずは西軍の戦力増強と、ヴェルデネリアの町自体の防衛力向上に力を注ぐことを確認した。
後日、ヴェルデネリア市民もようやくミュレス国軍主導の生活に慣れ始め、エルーナンの傷も癒えた頃、3人は再び市長室に集まっていた。
「市役所や街中にある、あの旗を変えませんか?」
フェブラはそういいながら、真っ白な布を取り出した。
フェルファトアも、思い出してみると白地に青と緑の線をひいた旗を街中で見かけていた。いわゆる「天政府領ミュレシア」の旗だった。
「そういえば、市役所の前にもあったわね」
「旗を変えれば、誰でもここがミュレス民族の町だってことが一目でわかるじゃないですか」
「じゃあ、作ってみましょうか。うーん……誰でも分かりやすいほうがいいから……」
フェルファトアは、とりあえず紙に書こうとペンを手に持ちつつ悩んでいた。
「顔を描くっていうのは?」
「いいかもしれないわね」
「折角だから、なにか文章でも入れておこうよ」
「文章?」
「みんなが高揚するような……」
「うーん、それじゃあ……」
フェルファトアは頭を手で押さえて考えながら、いくつか文言や絵の案を出した。それにエルーナンとフェブラの意見を足していくと、ついに自分たちの納得の行く旗が完成した。
白地に黒々と塗られたミュレス人の頭の輪郭が描かれ、その上には以下の文章が添えられた。
「ミュレス民族の土地、ミュレス民族の国 ミュレス民族自治政府」




