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四 覚醒の夜

 3人が集ったあの日から数ヶ月経ち、街では雪が見られるようになった。


 あれからというものの、フェルファトアは何かと理由をつけてシュビスタシアに寄るようになった。ティナはしばらく顔を出していなかったが、最近になって冬の出稼ぎのために、エレーシーの働いている港で荷物の整理に勤しんでいた。


 この街では、ティナのように上流の村から冬の間だけ来て、何かしらの仕事をして帰っていく人は大勢いるので、エレーシーのように元からこの街で働いているミュレスの民にとっては楽な季節でもあり、暇を持て余す季節でもあった。


 だが、エレーシーは暇を持て余すことはなかった。


 秋の収穫が終わるまでは、2~3日に一遍この港に来ていたティナと毎日遊べるようになるからだ。


 この冬の時期は、上流の黒猫族の人もぞろぞろと繁華街に繰り出して来る時期であり、冬の出稼ぎの時期が一番お金を手に出来るので、普段出来ない愉しみを一気に味わう。


 普段は通りに白猫族か天政府人しか歩かない中で流石に目立つティナだが、冬になるとエレーシーが周りの黒猫族に紛れてあちらこちらの店を、毎日のように連れ回すようになっていた。



「今日はフェルフいるかな?」


 エレーシーはよくフェルファトアと遭うお店を選んで入ってみた。


 冬のシュビスタシアらしく、中は熱気で溢れていたが、その中で壁に近い席でフェルファトアの姿を認めた。


「あ、やっぱりいた」


「あ、はーい、エレーシー」

 フェルファトアは4人席の壁側に座り、大きな荷物の横で、小皿を前にして酒が来るのを待っていた。


「あら、ティナも一緒なんだ」


「冬だからね」


 挨拶も手短に二人並んで、フェルファトアの向かい側の席に着くと、すぐに酒を注文した。少し周りを見渡すが、どうしてもフェルファトアの隣に置いてある大きな荷物に目が吸い寄せられてしまう。


「……今日はいつになく大きな荷物を持ってきているのね」


「あ、これ? これは天政府人学校に納める教科書」


「へえ、どんなの?」


「おっと、これはね。天政府人以外には見せちゃダメらしいの」


「えー、そこでも?」


「でも、フェルフは編集もしてるんでしょ? フェルフは内容知ってるの?」


「私はミュレス民族向けの本しか編集してないのよね。天政府人向けのは、配達だけ」

 フェルファトアは目を伏せがちに話し、目の前の小鉢の中から乾麺をつまみ上げた。


「そうなんだね……」


「でもね、今回の配達ではちょっと余分に持ってきてるの。表では出来ないけど、こっそりあげてもいいかも……と思ってるんだけど……」


「本当?」

 逸る気持ちを表したくなったが、とっさにティナに抑えられた。


「本当に内緒だからね。エレーシーって、好奇心あるのねえ」


「そ、そうかな……」


 そうこうしているうちにご飯物が運ばれ、いつも通りの愚痴を一通り並べたところで、いつものように3人で店を出て、いつものように別れた。



 自分の部屋に戻ったエレーシーは冷え切った自分の部屋に入り、悴む手で暖炉に火を付けた。


 雪に濡れた服を着替えながらふと自分の鞄の中を見ると、見知らぬ冊子が入っているのに気がついた。


「この本、いったいなんだろう?」


 着替えも忘れて冊子を拾い上げてパラパラと捲ってみると、そこには僅かな挿絵と大量の文章が並んでいた。

 ふと冊子を閉じ、初めて表紙を見てみた。



「社会学―天政府と地上統括府の歴史― 著:天政府教育院地上統括府支部」



 どうやらフェルファトアがエレーシーと話をしながらも、こっそりとエレーシーの荷物の中にこの冊子を投げ込んていたようだ。

 エレーシーは外から流れ込む冷気にはっと自分の周囲の状況に気づき、とりあえず冊子を窓に面した机の上に置き、着替えの続きに取り掛かった。



 エレーシーは着替えた服をその辺りに散らかしたまま、机に向かい、フェルファトアから頂いたその冊子を月明かりに照らして読み始めた。


 この冊子では、まず空に浮かぶ天の島に鳥が棲み、地上に猫が集団を作り棲むようになったことから始まった。エレーシーは学校では教わっていないが、昔、祖母から聞いたお伽噺の一節とほぼ一致していた。


 そこまで読んだところでひとまず目次を開いてみる。

 古代から現代までを約三百数十ページに亘って綴るこの冊子を読むには、大分気合を入れないといけないなと思い直し、鍵付きの引き出しに仕舞って今日は眠ることにした。



 次の日も仕事終わりにティナと酒場へ行ったが、いつもの場所にフェルファトアはいなかった。昨日の大荷物から察するに、おそらく配達先の街に泊まっているのだろう。


「でも、毎日ここに来て飲むのって、体に良くないんじゃ……」

 二人でお品書きを眺めていると、ティナがぽつりとつぶやいた。


「じゃあ今日は水にするかなぁ。お金もそんなにないし」


 今日は酒を断ち、粗食にすることにした。こうなると流石に料理が出てくるのも早い。こういう日には助かる。家では昨日、フェルファトアから貰った冊子が机の中で待っているのだ。


「フェルフに何か貰った?」

 ティナが水に口を付けつつ話し始めた。


「あ、ティナも貰ったんだ」


「私はまだ開いてないけど、なんか難しそうな本だったわ」


「まあ難しそうだけどね、私は今日帰ったら読もうかと思って」


「そうか、明日は港、休みだったわね」



 凍った道を足早に歩き、家に帰ると、早速暖炉に火を灯し、着替えることも忘れて机の前に向かった。


 今日は昨日と違って時間がある。興味の赴くままに教科書を開き、読み進めることにした。

 昨日はほんの僅か、古代の伝説の部分しか確認できなかったが、今日こそは時間の許す限り読もうと心に決め、史実の場面を読み進め始めた。



 史実の場面は一万年前にカルハ=ハミアーヌ=カッターという都市国家が成立したことから始まり、それから約九千年、長らくミュレス民族の国が大陸で隆盛を極めていたことが書かれていた。


 エレーシーの地元の学校では、(今から考えれば、天政府の教育院が情報統制していたのだろうが、)長らく、数千年の間、ミュレス民族は常に天政府人を補佐すべく、天政府人に帯同してきたと教えられていた。

 エレーシーもそれを信じ、確かにこの街に来て天政府人に苛立つことは毎日のようにあるものの、それでもミュレス民族に生まれた身として仕方がないと諦めてきた。


 しかし、この冊子には全く真逆の「事実」が書かれているのだ。


 そして、エレーシーはこの「事実」に触れ、怒りを感じながらも、視界が開ける思いがした。


 三百数十ページに亘るこの冊子を読み切った後、エレーシーが数時間ぶりに顔を上げると、既に川向うの山の稜線が見えつつあった。昨夜から続いた雪雲はいつしか遠くに過ぎ去り、一点の曇りもない澄み切った青空が次第に太陽に照らされつつあった。

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