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三五 直談判

 ノズティア市民の間で、ミュレス国への期待が膨らんでいるさなか、一人のミュレス人が驚いた様子で飛び込んできた。


 誰でもない、エレーシー統括指揮官であった。


「一体、何事?」


 エレーシーは辺りを見回し、兵士の群れの中にワーヴァの姿を見つけると、すぐさま手招きをした。


「どうしたの? 確か、ノズティアの役人に詰め込まれてたけど……」


「私にもなんだか……気がついたら役人の方が扉を力いっぱい引き始めて、開いたと思ったら、大勢のミュレス人の皆さんがなだれ込んだ次第でして……」


 なかなか要領を得ない説明に、エレーシーも頭の中で浮かぶ数々の疑問を飲み込むしかなかった。


「まあ、いいか」


 エレーシーはとりあえず周りにいた兵士でなさそうなミュレス人を捕まえて話しかけた。


「あなたは、兵士じゃなさそうだけど……」


 とっさに腕を掴まれたシャスティルは、狼狽えながらもひたすら回答をひねり出そうとした。


「わ、私は、すぐ隣の宿屋の者で……音が気になったものですから……」


「音?」


「相当大勢の話し声が聞こえたものですから、みんな気になっちゃって……」


「へえ……?」


「多分、それでみんな気になって出てきたんだと思いますけど……」


 エレーシーは、シャスティルの説明になんとか納得しようとした。


「うーん、私はなんだか、この宿屋で暴動が起きてるって聞いたんだけど……?」

 エレーシーはもう一度辺りを見回しながら、顎に手を当てながら頭をひねって考えた。


「それは、私の見た限りでは、街道院の役人があまりにも頑固なもので、何か隠してると思ったんです……」

シャスティルは自信なさげに説明した。


「まあ、気になるのは私も分かるけど……」


 二人が話しているうちに、遅れてティナや市長達4人も、この宿屋に到着した。


「何? 何事?」

 副市長は、いつにないミュレス人の群れに驚きを隠せなかった。


「この娘達は?」

 ティナは、押し込められていたよりもほぼ二倍の人数のミュレス人が集まっていたことに驚いていた。


「ノズティアの人達らしいよ。皆の騒音が気になって出てきたみたい」


「騒音……?」


 エレーシーの説明を聞いてみても、ティナにはいまいちピンとこなかったが、とにかく現地人が多く集まっていることは理解できた。


 大混乱を来しているこの場で、一番混乱していたのは副市長だった。

「どういう事?! 貴女達、ご主人達の仕事を抜けてきてるんでしょ?! さっさとご主人達の下へ帰りなさい!!」


 副市長はこの場を恐怖で支配しようと一喝した。


 しかし、緊張感の中にも楽しさと未来への希望に目を輝かせていたミュレス国の兵士達と出会ってしまったノズティア市のミュレス人達の心は、天政府人の下から離れつつあった。


「副市長様! この方達は西のミュレス国から来たと聞きました」

 ノズティア市民の中でも、いち早く声を上げたのはシャスティルだった。


「ミュレス国? ……そんな国は、ないわよ」


 副市長は、少し引きつった笑みを浮かべた。この一言に驚いたエレーシーは、思わず副市長の服の裾を何回か引っ張った。


「それはないでしょ、いくらなんでも。ちゃんと、それなりにしてるんだから」


「うるさいわね。私は認めないわよ! そんな即席の国!」


 この一言に敏感に反応したのは、国の長たるティナだった。

「あら、少なくとも貴女達の支配よりかは、『国民』は活き活きと暮らしてるわよ」


「それはどうかしらね、まともに政治をしたことのない素人集団に……」


 お互いの国民を差し置いて、口論を繰り広げようとしていたが、エレーシーが二人の間に立ち、仲裁を始めた。


「ちょっと、二人とも。ここで昼間の喧嘩を再現しても仕方ないでしょ。それよりも、この場をどうにかして収めようよ、ね」


「……そうね……冷静にならないといけないわね……」


 ティナは一旦頭を冷やそうと決めたが、副市長は怒りが収まらない様子で、外の通りを見ながら腕を組んで難しい顔を崩さなかった。


 この二人の様子を見たノズティア市民は口々に話を始めた。


「あの人が、例の『ミュレス国』の総司令官?」


「優しそう」


「でも軍の総司令官なんでしょ?」


「少なくとも、天政府人の副……」


「それ以上言ったらいけない」


 市民の声に、副市長の腹はますます煮えくり返るのだった。


「そこのミュレス人達に何を吹き込まれたか知らないけど、早く持ち場へ帰って!」


 優しく接してくれる同族の兵士達とは対称的に、ただがなり立てるだけの副市長にもはやミュレス人の市民も冷ややかな視線を送るしか無かった。


「リシーナ、ここはこちらの方の言う通り、冷静になりましょう。熱くなりすぎてるから」

 市長も副市長の説得にかかるが、既に手遅れであった。


「副市長……もし叶うなら、私、ミュレス国の力になりたいです!」


 一人のノズティア市民、シャスティルが、副市長の前に立ち、深々と頭を下げた。


 これにはミュレス国幹部陣も、ノズティア市幹部も驚いたが、ミュレス人の管理役を担っている副市長にとっては、一旦収めていた感情が再び湧き上がるのを感じた。


 そして、それは無意識のうちに左手を挙げさせていた。


「あ、ダメ! 手を出しちゃ!」


 エレーシーは左手を挙げた様子を見て、すかさず副市長を羽交い締めにした。


 腕の中で力任せに暴れる副市長をなんとか抑えようと、エレーシーも必死になった。


「ミュレス国の力になるですって?! 天政府や闇の国に背いて生きていくとでも言うの?!」


「はい」

 シャスティルは、下げていた頭を上げ、じっと副市長の目を見て答えた。


「ここにいる貴女達もだけどね、東西の二大国に背いて生きていくなんて、滅多な事を考えるものではないのよ! 大体、貴女はノズティアの市民でしょ? 貴女は帰る所を失う事になるわよ。それでもいいの?」


「……私は、元からノズティアの市民ではありません。私の故郷はミュッル=ニオーラ村です。この街には徴用されて来たんです……」


「……貴女の故郷がどこでもいいわ! そんな事より、仮に兵士として参加するとしたら、その意味は考えるべきだわ! 一歩間違えたら死ぬ世界なのよ?!」


 副市長はシャスティルにさらなる威圧をかけた。


 それを受けた彼女はしばらく俯いて黙っていたが、やがて、再び口を開いた。


「……副市長なら分かってるでしょう? この街で、一日に何人の、私達の仲間が亡くなっているか……」


 副市長は先程までの威圧感を一気に収め、顔をひきつらせた。


「何故だと思います? 私達のご主人……天政府人のせいですよ。私達は、密かに話をしているのですが、他の人も酷いものですよ。ちょっと気に入らなければ満足するまで暴行を受けるのです。そうでなくても、私達にご主人様の税金まで払わせるのです。それに、私達は天政府人の監視がなければ滅多に外には出られず……怯えて過ごす毎日なのです。この街にいると毎日、虐待にあったり、食べさせてもらえなかったり……そうやってあの家の子が亡くなったっていう話を聞くんです」


 当事者の反論は、外から来たエルルーアも唸るほどのものだった。


「副市長達は単に、足りなくなれば、地上統括府内のどこかからまた連れてくれば良いのでしょうけど、私達は……」


「分かったわ」


 ティナは、シャスティルの悲痛な訴えに耐えきれず、途中で遮って抱き寄せた。


「この街の仲間の惨状は、予想以上のようね。副市長、これでは、兵士として民族のために戦場に出るほうが良いと思うのも無理はないわ」


 副市長は暴れなくなったものの、まだ憮然とした表情は変えていなかった。


「リシーナ、貴女、ミュレス人の管理は……」

 シャスティルの訴えに、市長も不思議に感じて問い掛けた。


「知る由ないじゃない。誰もそんな事言ってこなかったんだから」


「言えるわけないじゃない。貴女ははっきり言って、私達ミュレス人を見下し過ぎてるわ」


 副市長の一言に、これまで耐えかねていたエルルーアも口を挟まずにはいられなかった。


「貴女達天政府人は、ミュレス人を恐怖で抑えつけていたから、天政府人である副市長に言える訳は無いでしょ。使用者の天政府人にしても、替えの効く消耗品として扱ってたんでしょ? 貴女のところに上がってくることはないでしょうね。……つまり、彼女の言い分はね、この街で天政府人の下で働くのも、民族のために戦うのも、危険性は同じって事。それなら、私達と一緒に戦ったほうが有意義でしょ? って事よ」


 これには、副市長は何ひとつ言い返すこともなく、ただ黙っているだけだった。


「市長、ここに人は揃ってるわけだし、会議の続きをしましょう。もちろん、ミュレス人の代表は……貴女、出来る?」


 ティナは、胸に抱いたシャスティルの方を向いて話しかけた。


「私ですか?」


「そう。総司令官命令として、やってくれるわね?」


 ティナは微笑みながら話しかけた。


 シャスティルはその心意気を感じ取り、これまでの人生で一番の満面の笑みを浮かべ、快く承諾した。


 会議は夜通し行われ、日が登り始めたころ、ようやく宣言をまとめることができた。

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