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三一 悪魔族の門番

 ティナ率いるミュレス国東軍は、ひたすら東へ東へと進んでいた。


 大陸の南街道をひたすら進んでいくと、ノズティアにたどり着くまでにはいくつかの宿場町や街道の分岐となる町などが10ほどあった。




 トリュラリアやエルプネレベデアの戦況を聞いていた街道沿いの市町村の首長は、圧倒的な数の軍を前に剣を交えようとはしなかった。


 まず、治安管理員に首長を呼びに行かせ、路上で主権譲渡の交渉を行っていった。


 もちろん、ミュレス国軍の代表は総司令官たるティナ・タミリアであったが、その脇にはエレーシー・ト・タトー統括指揮官、エルルーア・タミリア参謀長が常に同席し、交渉の経験の乏しいティナをしっかりと支援していき、それぞれの町で主権を獲得していった。


 各町に滞在する度、その町の護衛にあたる者と行軍につく者を選び抜いていくうち、ティナの率いる軍隊は精鋭が揃い始めていた。


 これを繰り返すこと約1ヶ月、とうとう、ミュレス民族東端の町であるノズティアの西門まで辿り着いた。




 ノズティアは、この南街道ではミュレス民族と、その東にある闇の国(註:現在の大ダキア王国や、その属国メンテキス国等を指すと思われる。)との国境にあり、ミュレス民族および闇の国に住む南方悪魔族を含む15の民族が行き交う、ポルトリテ、シュビスタシアに次ぐ地上統括府内第三の交易都市として栄えていた。


 ティナ一行は、市内を歩いていくうちに、自分がノズティアの域内に足を踏み入れたことに気がついた。


 周りを家で囲まれたからだ。


 東部地域に特有の町域を区切る門が存在しなかった。


 ティナは少し首を傾げたが、行く手を阻むものもないので、とりあえず進んでいくことにした。


「ノズティアには、治安管理員はいないのかしら?」


「そんな筈はないと思うんだけど……防衛隊、一応、周りを固めておいて」


 比較的大群で押し寄せたにしてはあまりにも静かな出迎えに、ティナ達は必要以上に警戒しながら進むことにした。




 ふと気づくと、もう昼も近いというのに、辺りには人影も全く見えなかった。


 しばらく歩くと、やっと門のようなものが見えた。


 門の前には、南方悪魔族と思しき青肌の男女二人が楽しそうに話をしていた。


 服装を見るに、治安管理員とまではいかなくとも、何らかの番人のようではあった。


 ミュレス国軍の一団を見ても、別に身構える訳でもなく、どこかに連絡を取るわけでもなかったが、門に立て掛けてあった木の棒を3本取ると、門の横についた簡易的な輪に通して雑に門を閉ざした。


 この様子に、ティナは若干の嫌な気配を感じたが、こうなっては門番に開けてもらうようお願いするしかなかった。


「君達、ざっと、数百人ぐらいいるようだけど……一体、ノズティアに何の用で来たんだ?」

 青肌の男は、その一団を遠くまで眺めながらティナに問い掛けた。


「私達は、ミュレス民族の国を樹立すべく立ち上がった、ミュレス国軍よ」


「なるほど、全員ミュレス人なんだ。しかし、そうするとますますおかしいな」


 男は腕を組み、考え始めた。


「何がおかしいの?」


「君達ミュレス人は、天政府に支配されているはずだが……ここは、地上統括府単独の領土ではないはず」


「え?」


 ティナを始め、エレーシーやエルルーアは耳を疑った。


 かの天政府人用の教科書には、地上統括府の領土はここノズティアまでであると、確かに記されていた。


 地図まで添付されていたので、フェルファトア含めた幹部陣が間違えるはずはない。ティナ達はそう考えていた。


「でも、この本にはここまで領土だと、線が……」


 エレーシーは、鞄からしわしわになった冊子を拡げて説明した。


「なるほどなあ」


 男は地図を眺め、表紙を見返しつつ納得しながらも鼻で笑いながら冊子を突き返した。


「天政府人のやりそうなことだよ。首都から遠く離れたこんな辺境の地のことは適当に書いておけばいいって思ってるんだろう」


「それじゃあ、ここは?」

 エレーシーは男に問うた。


「本当に知らないのか。ノズティアは、天政府と闇の国の共同統治領だよ。元々は南部悪魔族の土地だったんだが、紆余曲折を経て、今は天政府と共同で統治している。通行は闇の国が管理している」


「そうなの……それは困ったわね……」

 ティナは難しい顔をしながら、腕を組み、空を見上げた。


 ミュレス国の「敵」は、あくまでミュレス民族の領土を支配している天政府人であり、闇の国の民族達にまで攻撃を仕掛けることは「侵略」であり、何の大義もなかった。


 第一、天政府人相手だけでも、今後苦労することは予想するに容易い現状で、悪魔族にまで手を広げるのはむしろ避けたいとまで思っていた。


「でも、この町にもミュレス人はいると思うけど……」

 エルルーアは続けて食い下がった。


「うーん、確かに、いることにはいる。しかし、天政府の領土ほどはいないだろう。良くて、3割くらいじゃないだろうか?」


「3割……」


 この言葉には、さすがのエルルーアも困った顔で髪をかき乱すしかなかった。


 トリュラリアで立てた計画、トリュラリアからノズティアの中央地域および東部地域の主要交易都市をおさえ、南街道の通行料や宿泊料で国を回すという思い描いていた計画は、修正を余儀なくされていた。


「どうする?」

 エレーシーは、ティナの様子を伺った。


「そうね……この街を『制圧』するのは諦めたほうが良いかもしれないわね。私もあなたも、闇の国とはあまり関わりないから、なるべくなら関わりたくないし……」


「でも、そうは言っても、今はミュレス国とは地続きだし、この街の扱いについてはここでよく話し合ったほうがいいんじゃない?」


「エレーシーさんの言う通りかもね。それに、3割とはいえ、この街にもミュレス人がいるんだし、隊を拡大するいい機会だと思うけど」


 エルルーアも二人の間に入って、この街の「攻略」が必要だということを説いた。


「まあいいわ、そういうことだし、通してくれないかしら?」


 ティナの一言に、門番は一転、表情を曇らせた。


「うーん、そう来るとは思っていたけど……しかし、それだけの大軍をみすみす通したとなると、なんと言われるか……」


「でも……」


「それに、通行状(註:国がその人物や団体の素性を保証する書状)もない訳だし……」


「通行状……?」


「そう。地上統括府の街道院が発行してるんじゃないか?」

 ティナはしばらく首筋に手を当てて考え、言い返した。


「この街道沿いの町は全て私達、ミュレス国のものになってるのよ。他国からの証明書が

必要なら、ミュレス国の主たる私が発行するわ」


 すると、今度は門番の女の方が口を開いた。

「あの、少なくとも、この市は『天政府』と闇の国の共同統治領なので……私達は、少なくともミュレス人は、『天政府の』通行状が必要と言われてる訳。ね、だから……」


 これに一番納得していなかったのは、エルルーアだった。


 何通りもの次の一手をしばらく考え、頭の中で試行していた。


「それは、『天政府領ミュレシア(註:天政府地上統括府の支配域を指す別名)』に住むミュレス人だけ?」


「え?」


「ミュレス民族の中には魔法国や闇の国に住む人達も少ないけどいるでしょ?」


「そりゃあ、そうかもしれないけど……」


「その人達も、天政府からわざわざ通行状を得て通行しないといけないって事?」


「そ、それは……」


 エルルーアは、会話の中から確かな手応えを感じていた。


 この二人の門番は、上から言われただけの、ただの実行者だ。制度の内容などについて細かいところまで熟知はしていないだろう、と。


「実権でいえば、このノズティアに接しているのはもはや天政府領ミュレシアではなく、我々ミュレス国。私達は、何も交易のためにこの門を通りたいわけじゃないの。あくまで、ミュレス国の代表団として来てる訳。そこは理解しておいて欲しいかな」


 門番の二人は、渋い顔をしながら顔を見合わせて、ティナ達には分からない言葉で一言、二言交わした後、女の方は街の方へと走っていった。


「なんだかわからないが、とりあえず市役所の人間を呼んできてもらってるから、少し待っておけ」


「市役所の人間?」

 男の一言にエルルーアがまた噛み付いた。


「うーん、いわゆる街道院の人間だよ。ヒラの人間には判断できないこともあるからな」


 ティナ達3人は、良い反応がその「街道院の人間」から聞ける事を期待しつつ、その人間の到着を待った。


 しばらくすると、先程の女が一人の男を連れて帰ってきた。


 彼がかの「街道院の人間」らしかった。


 しかし、その男もティナ達とその後ろに続く隊の一団を見ると、すぐに奥へと走っていってしまった。


「……このまま放置と言う訳ではないだろうけど……もう少し待っておいてくれ。街道院以上の許しがなければ、通せないことになっているので」

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