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ミュレス帝国建国戦記 ~平凡な労働者だった少女が皇帝になるまで~  作者: トリーマルク
第三章 ノズティア・ヴェルデネリア蜂起 ・ 第九節 エルプネレベデアの戦い
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二九 命の灯火を消すこと

 ティナ達は、兵士二人を引き連れて、町民に教えてもらった治安管理所の前まで辿り着いた。


 治安管理所は、入ってきた所とは反対側の東側にあった。


 海岸のすぐそばまで山肌が迫っていて天然の門と化しており、その山肌に穿たれた穴がエルプネレベデア治安管理所の本部となっていた。


「ま、真っ暗ね……」


「姉さん、行くの?」


 エルルーアが心配そうに後ろから声を掛けた。


「仕方がないでしょ。ここまで来たら……それじゃあ、エルルーア達は、ここで治安管理員が入ってこないか見てくれる?」


「もし来たら?」


「うーん……嘘でもいいから、この治安管理所は既に制圧したとでも言って通せんぼしておいて」


「……分かった。口には自信ないけど、やってはみるよ」


 ティナとエレーシーは、エルルーア達3人を入口に見張りとして残しておき、暗がりの奥へと足を進めた。


「誰もいない?」


「誰もいないかも」


「ってことは、あれがこの町の治安管理員全員だったのかしらね」


 周りの部屋に誰もいないことを一部屋一部屋確かめながら、どんどん奥へ奥へと突き進んでいくと、やがて僅かな灯りの漏れ出る部屋を見つけた。


 二人は物音を立てないようにゆっくりと扉に近づき、僅かに扉を開けて中の様子を見た。


 中にはやや大きめのベッドが一つあり、その周りを天政府人が3人取り囲んでいた。


 ティナとエレーシーは天政府人の話に耳をそばだてた。




「隊長……」


 若い治安管理員がベッドに横たわる男を心配そうに見つめていた。


「……救護班は手を尽くしてくれた……後は、神に委ねるのみだ……しかし、九割九分変わらないだろうがな……」


 ベッドに横たわる男は、エレーシーが剣を突き刺した例の治安管理隊長であった。


「……隊は……」


 隊長は再び若い治安管理員の方を向いて問いかけた。


「隊は、あのミュレス人達に勝ったか?」


「……」


 瀕死の隊長を目の前にして、若い治安管理員はただただ口をつぐんでおく事しかできなかった。


 しかし、隊長は無言の意味を察したようだった。


「……あの数だからな……残念だが、小都市にあの数で攻め込まれたんだ。勝つ方が奇跡だったんだろう」


「……いつになく、優しいですね……」


 すると、隊長は腹を押さえながらも若い治安管理員の肩に手を掛けた。


「彼女達に負けたということは、この町はもう彼女達が支配する町になるってことだ。我々も、もはや治安管理員ではなくなる……そうだよな、町長」


 その言葉に、ベッドを囲んでいたもう一人の男が応えた。


「……私が抵抗すれば……いや……確かに、こうもやられてしまっては、もはや我々天政府人には手の施しようがない。ミュレス人たちも、治安管理員達がやられたと気づけば、今以上の暴動は免れないだろうな、これまで虐げていた状況を考えると」


「つまり……」


「仕方がないが、エルプネレベデア治安管理隊は解散せざるを得ないだろうなぁ……」

 町長は、すっかりとうなだれて呟いた。


「そんな……じゃあ、我々、この町の天政府人はどうなるんですか?」


「わからん。この町にいては、彼女達のいいなりになるしかないだろう」


「……」


 町長からの敗北宣告を最後に、部屋には暫し沈黙の空気が流れた。


 ただただ見守るしかない二人を目の前に、隊長は次第に体力の限界を感じ始めていた。


 薄れ行く意識を一秒でも長く、確かに保持しようと必死に自らの内で戦っていたが、それも終焉まで長くないことを悟り始めていた。


 隊長は突然に語り始めた。


「私は、このエルプネレベデアで生まれたんだ」


「ええ、そうですよね、隊長」


「この町の学校で学び、この町の治安管理員として25年、私の務めを全うしてきたんだ」


「ええ、分かります、分かります……」


 隊長は一息おくと、再び語り始めた。


「だが、この町は……遠くない未来にミュレス人が支配する町になる」


「……そうかも……しれませんね……」


「……天政府人として生まれ、天政府人の国に生き、支配されることのないまま、天政府人の国で死ぬ、か。今の天政府人としては一番の贅沢かもしれんな」


 いつになく気弱な隊長の姿に、若い治安管理員は居ても立ってもいられず、思わず隊長の肩を揺すった。


「なんて悲しいことを言うんですか! まだ諦めないで下さい……!」


 この一言に火が付いたのか、隊長は突然肩を揺らす腕を力の限り掴んだ。


「だがな、この町が彼女達の手に落ちても、天政府人の矜持は失うんじゃないぞ!」


「あ、隊長!」


 その一言を最後にふっと床に倒れ込む隊長に、取り乱す若者、さらにそれを宥めようとする町長と、場は混沌と化した。




「エレーシー、入口に戻りましょう。ここにいても仕方がないわ」


 ティナはエレーシーの手を引いて、足早に入口の方に向かった。




 一部始終を見ていたエレーシーは、すっかりと青ざめてしまった顔でとぼとぼと歩いていた。


「エレーシー、元気だして。仕方がないじゃない」


「うん……」


「これからこういう場面はたくさんあるわよ。第一、彼は隊長よ。彼が殺られるか、貴女が殺られるかの世界なんだから……」


「そうだよね……ありがとう、ティナ」


「落ち着いた?」


「うん、だいぶ」


「じゃあ、あの町長が出てきたら、町の主権を取りに行く交渉をするわよ。さ、入口で待ってましょう」


 ティナが背中をポンと叩くと、エレーシーは少し微笑んだ。


「そうしよう」


 エレーシーは心残りはあるものの、あまり気にしないようにしながら入口で待つことにした。

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