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ミュレス帝国建国戦記 ~平凡な労働者だった少女が皇帝になるまで~  作者: トリーマルク
第一章 シュビスタシアの合意 ・ 第一節 ハリシンニャ川の計量官
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二 上流の村から来た娘

「こんにちは」


「こんにちは」


 ハリシンニャ川の上流域からは、昼すぎにこの船着き場に着く。上流域にあるベレデネア村の農家の娘ティナ・タミリアは、ベレデネアの村で取られた作物を不定期にシュビスタシアへ運んでいた。


「荷物を下ろして」


「はい」


 籠たっぷりに積んだ果物を計量用の籠に移し替えるのは漕手の仕事だ。


「よいしょ。さあ、量って」


「えーと、レテルの実が、600、と。終わり?」


「終わりよ」


 村とティナの名前、計量結果を紙に書いてちぎり、籠に入れて払出し場に置くと、計量内容を記録した紙をいつものように支払所に持っていった。


「1350か……。やっぱり相変わらず厳しいわね」


「仕方がないの」


「これ、船の時間って入ってるの? 私、高いところから来てるから結構時間かかってるし、一泊しないといけないから停泊代と宿泊代も払わないといけないんだけど……」


「私に言われても……交渉は支払所に行ってよ」


「なるほどね……まあいいわ」


 ふと、エレーシーは少し違和感を覚えた。


 普段はここから一歩、二歩踏み込んで食いかかってくる人ばかりだが、この人はとても優しい。エレーシーはティナの事をふと考えた。

 

ベレデネアは上流の黒猫族(タイトリニー)の村であり、農業と林業しかない村である。ティナは人口80人のベレデネアを代表してこの街に来ているわけだが、これを分配するには少ない1350フェルネを持って明日の朝、また(エレーシーには何時間かかるか分からないが)川を上っていくのか。


「……今日はどこに泊まるの?」

 エレーシーは重りを整えながら、背中越しに聞いてみた。


「……え?」

 ティナは船に向けていた足を止め、エレーシーの方を向こうとした。


「こっちを見ないで。泊まるところだけ言って」


「……アルティア通りとレルポル通りのところ」


「……そう」

 ティナは首を傾げながら船を引き上げ始めた。




 夕方6時になると荷受け場は閉場し、それから30分ぐらいでエレーシーも解放される。普段は食事処に立ち寄ってから家に帰るが、今日は寄る場所がある。


 アルティア通りとレルポル通りのところにある宿泊所は、船着き場から10分くらい歩いたところにある。


 本当にあの人はいるのだろうか?

 もうどこか食べに行っただろうか? 


 とりあえずアルティア通りに着いたエレーシーは、逸る気持ちを抑えてとりあえず交差点の反対側にある麺処で汁を買い、盛ってある麺を少なめに取って街路沿いで宿泊所を見ながら箸を進めた。


 麺が伸び気味になる頃、気になる黒猫族の人が宿泊所から出てくるのが見えた。あれが例の、昼の子に違いないと感じた。

 器を戻し、急いで黒猫族の人の後ろを取ると、頃合いを見計らって後ろから声を掛けた。


「ティナ……?」


「えっ?」

 黒猫族の人は、振り返ると少し驚いたが、やがて少し笑みを浮かべた。


「あ、ああ。あの計量官の人……」


「これから晩御飯?」


 ティナは戸惑いながらも、だんだんと状況を呑み込んでいった。


「本当はダメなんだけど、晩御飯奢るよ」


「え? いいの?」


「いいよ。どうせ天政府人は漕手の顔なんて覚えてないから」


 ティナの緊張感が解け、また一段と笑みがこぼれた。


「じゃあ、私の行きつけのところでいい?」


「それじゃあ、そうしようか」


 エレーシーの行きつけのお店に向かおうとしたが、踵を返して行き慣れていない、少し離れたお店に着いた。


「ここにしよう」


「行きつけ?」


「うーん、まあ、行きつけ……かな」


「えー? 本当に?」


「……いつも行くところは港に近いからね」


 店内に入ると、店員が注文を取りに来た。


「こんばんは。ご注文は?」


「えーと、ね。うーん……リュメーツ(ミュレス風具なしそば)と、レルディベート・フェリア(肉そぼろ入パン)」


 注文をして席に付き、しばらく取り留めのない話をしようとするが、あまり良い話題が見つからない。

 結局、質問だらけになってしまう。


「えーと、まず、あなたの名前を教えて?」


「私? 私、エレーシー・タトー」


「タトーさん? 何で私を誘ってくれたの?」


 エレーシーはふと考えた。


 勢いでここまで来てしまったが、どこに魅入られたのだろうか?

 確かに、他の漕手にはない優しさはある。だが、それだけで夕飯を奢るほどに惹かれてしまったのだろうか?


「うーん……私もよく分かんないんだけど、疲れてたのかなぁ」


「ええ……?」




 話をしている間にエレーシーが見つけた話題は、自分達を支配している点政府人に対する文句だった。

 エレーシーはお店の中を回し見て、天政府人がいないことを確認しながら話を始めた。


「正直な話ね、私も支払所と漕手の間に入って苦しいの。最近、天政府の取り分も多くなってるみたいだし」


「確かに最近よりレートが悪くなってきた気がするわね……」


「私はね、支払所の天政府人が、天政府の本地にものすごく高く売ってると思うんだ」


「そうなの?」


「そう。荷受け場の荷物は船着き場から海沿いの港に運ぶでしょ。そうすると、今度はもっと大きい船で都会まで運ぶの。そこから天政府の本地に運ぶみたい。するとどうなると思う?」


「え? たくさんお金がいる……?」


「それそれ。間にたくさんの人が関わる分だけ、お金が嵩むわけ。だからね、この船着き場の天政府人にも分配されるお金も、天政府の物価が下がると減るかもしれないってわけ。そうなると嫌でしょ? だから、ここで急にレートを悪くして、差額を船着き場の天政府人がくすねてるんじゃないかって、私は睨んでるの」


「それって、本当?」

 エレーシーは、自分の持論に対してティナが間髪入れずに口を挟まれ思わず引いてしまった。


「……本当かどうかは分からないけど、でも、最近どんどんレートが悪くなってきてるのは確かでしょ?」


「まあ、確かにそうね……今日も急にレートが下がってたし」


「露骨なのよね、やり方が。それでも文句は出ない」


「本当に? でも今日、エレーシー、結構漕手さん達とやりあってなかった?」


「そうよ。だってそれを支払所の人に言える?」


「それは言えるわけ無いわ。天政府人と私達じゃ、それこそ天と地の差があるんだから」


「だから皆、私のところに言ってくるの。でも、私が取次ぐことだって出来ないわけ。私がそれを言った所で、私が処分されるだけだからね。それで結局、支払所のやりたい放題よ」


「そうなんだ……エレーシーも溜まってるわけ。でも、私達も……」

 ティナがそこまで言ったところで、注文した料理が来た。


「お待たせしました」


「はい、じゃあこれ、ティナのね」

 そう言うと、麺ではなく、肉そぼろパンの方をティナに渡した。


「え? これ、高いんじゃ……?」


「いいのいいの。誰かと食べるなんてあまりないんだから」




「ティナはいくつなの?」


「私? 今、17……かしら」


「じゃあ、私よりも一つ上なんだ」


「そうなんだ。でも、こんな感じがいいわ」


「そう?」


「私の周りには、同じくらいの年の子がいないから……」


「ふーん。姉妹とかはいる?」


「いるわ」


「いるんだ」


「いるんだけどね、地上統括府市の学校に行ってるのよ」


「じゃあ、頭いいんだ……ね?」


「でもね、行く行くは天政府人の為に尽くすような人になっちゃうのかなって思うと、とても残念だわ」


「いやいや、言っても『ミュレス民族』だよ。きっと私達の為になるようなことしてくれるよ」


「そうかな。そうだといいけどねえ……。あ、エレーシーは姉妹いるの?」


「私? 私には姉がいるよ」


「へぇ。この街にいるの?」


「いいえ。私の姉はね、西の山地の向こう側にいる。というか、私だけこの街に来たの」


「そうなんだ。私とは真逆ね」




 話も一段落し、エレーシーとティナが御飯屋から出ると、すっかり日も暮れ、通りはいよいよ色街の様相を呈しはじめていた。

 歩いて帰る道すがら、港が近づくにつれ緊張感が生まれてくる。やがて宿泊所に着くと、名残は惜しいが短く小さな挨拶程度で済まし、エレーシーも家路を急いだ。




 ハリシンニャ川の船着き場と港の間に広がる繁華街の真ん中に建つ古い2階建ての家の一室が、エレーシーの住処だ。


 扉を開けると小さなベッドに造り付けの机と小さな棚が2つ、所狭しと置いてある。これらの家具は殆ど夜の仕事をしていた時に買ったもので、まだそれほど傷んでいない。


 再び計量官の仕事に専念するようになってから、この部屋で思案に耽ることが多くなり、最近になって社会のことについて考えるようになった。成長するに連れて周りのことが分かり始めたのもあるが、近年、妙に天政府の締め付けが強くなってきたような気がしたからでもあった。


 この頃のレートの悪化もそうだ。

 今、この夜の街にも、天政府人共が我が物顔で闊歩している。

 もっとも、この国は天政府領で、我々ミュレス民族のものではないのは分かっている。

 分かってはいるが、納得はできない……




 エレーシーは、13歳の時に生まれ育った村を離れた。

 自分では特に離れる意思は無かったが、ただ単に、これからハリシンニャ川沿岸の生産、流通量が多くなるとの推計から、人手不足を補うために政府の計画で連れてこられたらしい。


 まだ左も右も分からない中、ただひたすらに計量官としての仕事をこなし、とにかく明日が来ることを祈る毎日を過ごしていた。

 それでもなお時には食べられない日もあり、そういう事もあって1年といくらかで夜の仕事を兼ね始めたのだった。

 今となっては、あの経験は何かの賜物になったのだろうかと、当時を顧みることもあった。


 次の日、エレーシーがいつものように船着き場に行くと、すでにティナの船は無かった。

 どうやら朝早くに村に戻っていったようだ。


 昨日の楽しかったゆうべとは反対に、またいつもの日常が始まる。

 しかし、エレーシーは昨日の熱が冷めきらない。

 またティナが荷卸しに来るのを心待ちにし始めたのだった。

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