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二六四 旧友たち

 調印式会場の設営を終えた次の日、幹部達はシュビスタシア市役所で式典の段取りに関する会議を、天政府側の運営代表者と行っていた。


 この日は朝から忙しく、朝方の会議で式典の内容や流れについて取り決め、昼からは会場に移動して予行演習を行うという予定になっていた。



 それに従って、幹部達はそれ以前の朝早くから会議を行っていたが、ミュレス大国側にも天政府側にも式典に慣れている者がいたこともあり、会議は順調に進んでいった。



 市役所の近くにある食堂で幹部達と話をしながら昼食を済ませ、その足で式典会場に移動して、朝方取り決めた式次第に沿って実際の動きを確認していると、終了した時には既に夕方になっていた。

 エレーシー達は天政府側と別れ、再び市役所に戻ってくると、受付役の兵士がエレーシーに話しかけた。


「総司令官、お客さんが来ています」


「えっ、天政府人?」


「いえ。私達と同じミュレス人です」


「名前とかは……?」


「えーと、確か、リネリアって言ってました」


「ああ、リネリア……」

 エレーシーはその名前を聞いた瞬間に、これまでの緊張した顔が一瞬にして和らいだ。


「それで、彼女はどこに?」


「1階の部屋でお待ちです」

 兵士はそう言って、エレーシーを案内しようとした。


「フェルフ、エルルーア、ちょっと抜けて良い?」


「ええ、いいわよ。私達は先に上がってるから」


「ありがとう」

 エレーシーはフェルファトアに感謝を述べると、兵士に訪問者の待つ部屋へと案内するように促した。


「こちらです」

 エレーシーは部屋の前に立ち、兵士が扉に手を掛ける前にノブを握った。

 しかし、そこから扉を開けるまでには、少し時間が必要だったようだ。


 エレーシーが一息、間を置いて扉を開けると、部屋の中には3人のミュレス人が座っていた。


「エレーシー!」

 一人のミュレス人が彼女の姿を見るやいなや、すっくと立ち上がると、すぐにエレーシーの元へと駆け寄った女がいた。


「リネリア!」

 エレーシーは彼女を優しく受け止めた。


 リネリアとも、この戦いの間は、東軍時代にシュビスタシアでの戦いの後に会っただけであった。

 それ以来、長い遠征と激しい戦いが続き、シュビスタシアに寄る機会もなく今日まで来ていた。


「久しぶり、どうしたの?」


「エレーシーがシュビスタシアに帰ってきたって聞いたから、皆で来たよ」


 どうやらこのシュビスタシアでも、停戦のために厳戒態勢がある程度緩和されたのが一般市民にも伝わったのと、軍の幹部が街に来たらしいという話が伝わっていたようだった。


「おお、なるほど、ありがとう!」


 リネリアに抱きしめられた分、エレーシーも逆にリネリアをしっかりと抱きしめた。

 その顔はまるで開戦前、職場からの帰りに見せた顔に似ていたという。


「エレーシー!」

 リネリアと二人で話をしている途中で、奥で席に座っていたもう一人の女がまた立ち上がり、エレーシーに向けて手を振った。


「おお、テルミア。それにユモールも!」

 エレーシーが反応すると、二人もリネリアほど飛びつくということはないものの、エレーシーの周りに集まってきた。




 振り返ってみれば、リネリアには戦時中も一度会ったものの、テルミアとユモールには、この戦いの間で会ったことは無かった。

 彼女達もまた、川の港で働く仲間であった。


 ただし、それぞれの港での役割は違う。


 テルミアは港の管理官である天政府人の秘書役を勤めていた。


 そしてユモールは、力を要する男性ミュレス人班の一人として、港から市の中心にある市場までの運搬役として業務を行っていた。


 港の仲間の半数はエレーシーと共に軍に加入したが、残り半分は、その周りの仲間を集めながら、ずっと港を維持し続けていたらしかった。




「ところでエレーシーは、戦争が終わったから港に帰って来るの?」

 リネリアが純粋な目を輝かせながら聞いた。


 しかし、それは自分の願望も乗せていたのかもしれない。


「いや、リネリアには残念かもしれないけど、港には帰れない。もっと重要な役をすることになりそうなんだよね」


「そ、そうなんだ……でも、これからしばらくはゆっくりするんでしょう?」


「うーん、そういうことにもいきそうにない。あまり詳しくは言えないけど、明日も大きな……何かがあるから、ね」


「そ、そっか……」

 リネリアは途端に悲しそうな顔をして、エレーシーの腰に回していた手をほどいた。


「エレーシー、私達の……統括指揮官だったっけ?」

 リネリアの横からテルミアが声を掛けた。


「今は総司令官だよ」


「なるほど、総司令官ね。だから、それはもう私達とは違うよねえ」


「明日も何かあるって言ってたし、そこからも予定が沢山あるということなら、もう会えないんだろうかなあ……」


 ユモールの言葉にも、エレーシーは悩ましく思った。


「うーん……」


 エレーシーは、目の前にいる元同僚の3人と会ったことで、なかなか別れづらい思いが芽生えていた。


 しかし、調印式の時間は確実に近づいている。

 調印式が終了すれば、晴れてミュレス民族の国が誕生する。


 そうなれば、彼女達と会うことは無くなるかもしれなかった。


 このように思うと、エレーシーはそうなる前に何かしてあげたいと考えた。


「……ちなみに、皆は今夜、何か用事はある?」

 ふと、エレーシーは3人に聞いた。


「特に無いかな」


「ええ、私も特に無いわ」


「僕も」


「じゃあ、ちょっと待ってて」


 エレーシーはそう言うと、すぐに部屋を出て階段を駆け上がり、フェルファトア達と少し打ち合わせをし、また元の部屋へと戻った。


「それじゃあ、今日の夜ならまだ時間はあるから、今日は夕食を一緒に食べるというのはどう?」

 エレーシーが提案すると、3人とも驚いた顔を見せた。


「えっ、エレーシー、総司令官だけど私達でいいの?」

 リネリアは言葉とは逆に、顔はこれまでとは一転して明るくなっていた。


「そのために、統括指揮官や参謀長と話をつけてきたから。その会合の後なら大丈夫ということだから」

 エレーシーがそう言うと、3人とも手を叩いて喜んだ。


「じゃあ、お店は?」


「お店は私に選ばせて。ここでの戦いの後で行った酒場がちょうど良かったから」


「中心街にあるところでしょ? それなら私達も分かるかも」


「じゃあ、最後の鐘で」


 エレーシーは再び会う約束を3人と交わすと、彼女達が市役所を出るのを見送り、フェルファトア達が待つ会議室へと急いだ。


 夕方までは、調印式後の国のあり方について3人で話し合い、ある程度まとまったところで他の幹部も交えて再び会議を行った。

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