二五八 サティリア総裁
エレーシーが色々と考え続けているうちに扉が開き、一人の天政府人が飛び込んでくると、リーナイアの耳元にヒソヒソと話し始めた。
「はい、はい……あ、はい! ありがとうございます」
そう言うと、入ってきた者は部屋の奥の方に位置した。
「まもなく、サティリア総裁がお見えになります」
リーナイアはさっと立ち上がり、扉に正対した。
「え? 何? 何?」
エレーシー達は突然の事にあたふたとしながらも、彼女達と同じように立ち上がり、扉の方に顔を向けて様子を見守った。
すると、一人の天政府人が、後ろに二人従えて入室してきた。
「ワァ……!」
エレーシーはその姿を見るやいなや、驚きの声を漏らした。
二人を従えていた天政府総裁はサティリアと言うようであった。
エレーシーはそのサティリアと呼ばれた天政府人の女から、何故からは分からないが神々しさが感じ取られた。
このような公式の場ということもあり、彼女も白い天使族の装束に身を包み、おずおずと歩いているだけである。
特に何もせず、ただ歩いているだけなのだが、その貴賓さから彼女を直視することさえ憚られるように感じていた。
確かに天政府人の女性にしては、少し背は高く、エレーシーは若干見下ろすように見られる。
しかし、それ以上に地位の高さを、何もせずとも周りに知らしめさせる。
そんな感覚をエレーシーは覚えていた。
エレーシーは彼女の立ち居振る舞いに、思わず頭を下げて服従を示しそうになったが、隣りにいたエルルーアに鋭い目つきで阻止されて何とか対等を保てていた。
その時、ふとミティリアが言っていた「見栄」というものが頭にちらついた。
ミュレス大国軍の幹部3人とも、ミティリアから頂いた外套を身に着けているからこそ、これで済んでいるものだが、それがなければ、彼女の雰囲気に一瞬で呑まれてしまいそうであった。
後ろに従えた人の中には、先日の会議で代表として交渉についていたエルドの姿もあった。
前の会議で見せたミュレス民族に対する攻撃性は鳴りを潜め、おずおずと歩いていた。
このサティリアという女は、竜すら犬のようにひれ伏せさせる。
そのように感じられた。
サティリア達はエレーシーの前まで歩くと、その2歩手前で立ち止まった。
「あ、はじ……」
「お初にお目にかかります」
エレーシーが何とか先手を取ろうと自分から話を始めようとしたが、あたふたとしているうちに向こうから話し始め、そしてエレーシーの方に右手を差し伸べた。
「私は、天政府総裁を仰せつかっております、サティリアと申します」
そう述べながらエレーシーの右手を取ると、左手で包み、丁寧にその掌に収めた。
「は、はい……私は……エレーシー・ト・タトーと申します……」
「エレーシー・ト・タトー総司令官でいらっしゃいますね。お噂はかねがねお聞きしておりますよ」
「は、はい……どうも……」
完全に先手を取られた。
ここからどうにかして、流れを自分の方に引き寄せてこなければ、とエレーシーは顔には出していないものの焦り始めていた。
「どうぞ」
サティリアに促されるように、椅子に座ると、天政府側も席に着き、ついに話し合いを始められる形となった。




