二五〇 メルーチェとの会談
お互いに席につくと、まず口を開いたのはメルーチェの方であった。
「こちらに伺ったのは、皆さん想像通りだとは思いますが、地上統括府をミュレス大国の皆さんが占領されたということで……」
「奪還したということね」
「……まあ、それで、どうやら地上統括府を廃止したいと、地上統括府の総司令官から話があったということで、それで、私どもの外務院や統括局としては、あなたたちミュレス民族の代表の方と話がしたいということで……」
「ミュレス民族の代表は、こちらの総司令官であるエレーシーと、私達で対応しましょう。それで、話がしたいというのは、終戦に向けて、我々の条件を汲んでくれるということでいいですね?」
エルルーアは半ば強引に話を進めようとした。ある意味、メルーチェを試そうとしたのかもしれなかった。
しかし、当然といえば当然ではあるが、この問いかけにメルーチェはしばし黙り込んで、どう話を続けようか迷ったようだった。
「えーと……とりあえず話を聞きたいということなんですが……」
「ふうん……ちなみに、そちらからはどういう人が出てくるの?」
「こちらは、統括局長がお伺いする予定です」
「統括局長……? それは、天政府の中では結構力のある人なんでしょうね?」
「はい、それはもう。総裁にも話が出来ますから」
どうやら、天政府の統括局長という人物は、天政府という大国を統べる「総裁」と呼ばれる人物にもかなり近い人だということだった。
「それなら、その総裁はご出席されないということかしら?」
「ええ、まずは統括局長と話をしていただいて、それで話がある程度まとまれば、総裁にお願いすることになろうかと」
「なるほどね……」
天政府本国が自分達ミュレス大国とミュレシアについてどう扱っていくのか、エレーシー達は彼女の言葉からはまだその真意を測りかねていた。
「うーん……ちなみに、その話はこのルビ=ルフェントでするんでしょう?」
エレーシーは悩みながらも、とりあえず一つ案を出してみた。
「私がこちらへ来たのは、実は皆さんを天政府本国にお招きしようということもありまして、ここで話がまとまれば、私が皆さんをお連れしようと思うのですが……」
メルーチェのこの言葉には、3人ともかなり強い警戒心を抱いた。
向こうに行こうものなら、それこそ相手の思うつぼである。そればかりではなく、自身の命の危機すらあった。
「いや、それは遠慮します。私達はあなたたち天政府人とは違います。我々ミュレス民族がそちらに行ったことはないでしょう?」
「確かに、地上統括府を開いてからは、皆さんのようなミュレス人の方が天政府本国を訪れたことはないですが……」
「そうでしょう。第一、天政府本国なんて我々には遠すぎて時間が掛かりすぎます。それに、私達の護衛のことも考えると、どのみち無理では?」
「いや、しかし……」
エレーシーの言葉に、メルーチェは困り顔を見せた。
「そうね、あまり遠くには行きたくないわね」
「私達はこのミュレシア全土を奪還し、それを維持するという意味でも、このルビ=ルフェントからは離れたくないわ」
フェルファトアとエルルーアも口々に、メルーチェの提案を否定した。
「しかし、逆にこの地上統括府市に我々の高官を派遣するのも難しいところがあるのですよ」
メルーチェも負けじと反論した。
一進一退の交渉が続くが、あまりの舌戦に、エレーシーの頭にふと、「ここであまりこじれてはいけない」という心配が浮かび、フェルファトアに耳打ちをした。
「確かにここで開きたいところだが、どこで会うかということで、こうも話が進まないとは……それよりも、ミュレス大国と天政府の二国間での地位を確立することが重要だよ。ミュレシア内ならいいよね?」
フェルファトアはその内容をエルルーアにも伝えると、二人ともその意見を承諾した。
「わかりました。ルビ=ルフェントが難しいということであれば、他の都市……例えば、ポルトリテではどうでしょうか? ポルトリテであれば、そちらの話を聞きましょう」
しかし、メルーチェはそれでも苦悶の表情を浮かべたままであった。
「うーん、分かりました! そこまで言うのであれば、一旦持ち帰らせてください。一応、それで上のものと話をしてみます」
「では、それでよろしくお願いします。また返事を聞かせてください」
そう言うと、エレーシーはさっと立ち上がり、メルーチェを部屋の外へと案内し、その場にいた幹部達全員で彼女を見送った。
「いい返事が聞けるといいけど……」
エレーシーは心配していたが、エルルーアは冷静であった。
「向こうだって、このまま中途半端な状態にはしておかないはず。なにか反応はあるんじゃないかしら?」
「それもそうか……まあ、しばらく待ってみようかな」
エレーシーは多少の不安を感じつつも、一旦は問題を時間に任せて、その間はフェルファトアやエルルーア達と、天政府の高官と会った時にどのような話をしていくかを話し合った。
使者が再び現れたのは、その次の日のことであった。
エレーシーはその速さに驚きながらも、再び同じ部屋で会うことにした。
「それで、話はまとまりました?」
全員椅子に座ると、まずエレーシーはメルーチェに聞いた。
「はい。統括局長と話をしたのですが、ポルトリテで今後についての会議を行うということで提案させていただきたいのですが、どうでしょうか?」
「ポルトリテか……うーん、ちょっと遠いような気がするけど……」
エレーシーは彼女の提案を聞き、少し難色を示した。フェルファトアとエルルーアもあまり気は乗らないようだったが、妥協できる範囲ではあった。
「まあ、その辺りが落とし所かもしれないわね」
「ポルトリテでなら話を聞くと言うのであれば……」
「ふうん、まあ、ミュレシア第二、第三の都市というくらいだし……ポルトリテか……」
エレーシーは幹部の護衛やルビ=ルフェントの防衛部隊などについて考えを巡らせ、数分間の沈黙の後、ようやくメルーチェの方に向き直った。
「分かりました。それではポルトリテで話を伺いましょう。ただし、移動時間は掛かりますよ」
それを聞いて、メルーチェは晴れやかな顔を見せた。
「ありがとうございます。ポルトリテに話を通していただければ、移動時間は掛かっても構いません」
「分かりました。そちらの宿泊地は我々のポルトリテ駐留部隊に伝えておいてください。それでは、ポルトリテで」
エレーシーとメルーチェの話し合い自体は、わずか数回言葉を交わしただけで終了し、お互いに会談の準備に入っていった。
特にミュレス大国軍側の動きは、まさに大忙しといった状況になっていた。
最初はエレーシー、フェルファトア、エルルーアの3人で行く予定だったが、あれこれ考えているうちに幹部のほとんどが帯同していくようになり、それに伴って準備の手数も増えていった。




