二四六 総司令官室での戦い
そこには、総司令官と思しき男がいた。
だが、そこにいたのはそれだけではなかった。
彼の護衛として、天政府軍が待機していたようであった。
その一人ひとりの姿を見るに、これまでに会ったどの兵士よりも厳選された精鋭達に見えた。
その瞬間、ミュレス大国軍の幹部と決戦部隊、そして地上統括府の総司令官と天政府軍の間で、静かな対峙が続いていた。
地上統括府総司令官も相当な覚悟があると見え、特に何も言わずに、ただミュレス大国軍の様子を窺っていた。
フェルファトアはこの様子に、西軍時代にあったヴェルデネリアの市長室で行った戦闘が思わず頭をよぎっていた。
しかし、その時はフェルファトアとその他含め、せいぜい数人程度であった。
一方、ここには約40人程度の人が存在している。
その内訳としては、ミュレス大国軍と天政府軍で半々である。
エレーシーはエレーシーで、ここ最近、このような市長室での少人数一騎打ちという状況はあまり無かった。
彼女はじっと相手側の総司令官の顔を見つつ、急いでその時の記憶を思い起こしつつ、これから起こる戦闘にどのように振る舞うべきかを考えていた。
両者が一歩も動かない状態のまま、先に口を開いたのは相手側の総司令官であった。
「ようこそ、ミュレス民族の者たち。この2年間という短い時間で、よくぞここまでたどり着いた」
相手方の総司令官はあえてエレーシー達を歓迎するかのように言って余裕を見せたが、そこには彼の不安が垣間見えていた。
「『ようこそ』とは、これはまたすごいお言葉だね。我々の目標はただ一つ、地上統括府の打倒、そして貴方達天政府人からこのミュレシアを、我々ミュレス民族の手に取り戻す。ただそれだけだ!」
エレーシーは、売り言葉に買い言葉といった感じで、あえて強気に言い返した。
しかし、一触即発の状態は変わらなかった。
そしてエレーシーは、隙あらば次の手を打ちたいと考えていた。
それはフェルファトアやエルルーアも同じ思いで、彼女たちは必死に天政府軍や総司令官達の隙を見極めようとしていた。
お互いにお互いの間合いを崩せないまま、幾許かの時間が過ぎた。
集中力と気力のせめぎあいが続く、静かな持久戦が展開されようとしていたが、エレーシーはいつまで続くか分からないこの状況に不安すら覚えていた。
そこには均衡を破るためのきっかけが必要だったが、それを作るためにフェルファトアは動いていたようだった。
静かで張り詰めた緊張感の中、ふと窓の方からコンという軽い音が響いた。
その音は、無音の空間では非常に大きく鳴り響き、天政府軍の緊張感を一瞬途切れさせるには十分だった。
「掛かれ!」
その一瞬をエレーシーは見逃さず、すかさず攻撃命令を出し、自分自身も天政府軍に襲いかかった。
天政府軍も少し遅れたが、ミュレス大国軍に反応して飛び出した。
ミュレス大国軍の決戦部隊もエレーシーを追い越し、天政府軍の護衛部隊と衝突する。
もはや幹部も一般兵卒も関係なく、総司令官室の中は両軍入り乱れて混沌としていた。
エレーシーが狙うのは相手の総司令官だが、当然その護衛として相手方の兵士もエレーシーに向かって攻撃を掛けてくる。
もちろん、エレーシーについている護衛もそれをみすみす許す筈がなかった。
人数と比較してかなり狭い部屋の中で、無理とも言える大立ち回りがあちらこちらで起こっており、場は一層混沌とする。
そのような中では、もはや統率というものはないようなものであった。
とはいえ、エレーシーは自分がこの数年間目的としていた地上統括府、そしてそれを統べる総司令官が今、手の届きそうな場所にいることに興奮を覚えた。
ここで逃してはならない。
それは、エレーシーだけでなく、この場にいたミュレス民族の全員が思っていたことであった。
ここで逃さないように、総司令官から視線を切らさないようにしつつも、周りからの攻撃を払いのける。
それはなかなかに至難の業であった。
しかし、エレーシーは仲間の兵士を信じて目の前の総司令官にだけ集中した。
向こうも最上級の兵士を取り揃えているが、数ではこちら側が勝っている。
それがエレーシーにとっては心の支えであった。
覇気に満ちた声と、悲鳴が両軍から聞こえていた。
エレーシー自身も攻撃を受け、多少の出血はしていても、この興奮状態では不思議と気づかないものであった。
その間にも、徐々に天政府軍の兵士達は部屋から排除されていった。
そしていよいよ、相手は天政府軍の総司令官を残すのみとなった。




