二四五 塔を駆け上がる
またハルピアの先導で中庭から建物に入り、またその中を通り抜けて外に出ると、先程見えていた総司令官棟の足元までたどり着いていた。
ここまで来ると、また非常に巨大に思え、その圧倒的な存在感に身震いさえ感じた。
この総司令官棟は、天政府人が地上統括府をこの地に建設した当初からあるもので、当時の天政府本国の技術の粋を集めた、天政府建築の最高峰とも称されるほどの荘厳で美しさをその身で示す建築物であった。
「総司令官室はどこにあると思う?」
エレーシーはフェルファトアに問いかけた。
「これまでの市役所のつくりから見れば、おそらく最上階にあるでしょうね」
フェルファトアは建物の突先の方を見上げながらつぶやいた。
「なるほど、7階か……もちろん、7階まで上がったことはないよね?」
「ええ、ないわ。おそらくミュレス人なら誰も……」
「まあ、そうだろうね……さて、私達の目的は、地上統括府の占領ではなく、打倒だ。それならば、総司令官を捕らえなければならない」
エレーシーの言葉に、その場にいた幹部達は揃って頷いた。
「これまでも市長室に押し入ったらすでに逃げていたということが何度もあった。地上統括府を統括する地上統括府総司令官が逃げるとは思わないけど……」
エレーシーが悩んでいるところに、エルルーアが意見した。
「もう既に、ここまで私達が来ているということは相手の総司令官も知っているでしょう。もし逃げようとしているなら、もうその準備はしているかもしれないわね」
「そうだなあ……あまり騒々しく登ると逃げられるかもしれない。ここは決戦部隊の中でも選りすぐりの班で上に上がろう。弓矢部隊と特殊能力部隊の一部を呼んでこよう。それと……ルーヌだ。ルーヌを決戦部隊に呼ぼう」
「ルーヌを?」
「いざという時に、ルーヌの魔法が役に立つ」
「分かったわ」
エレーシーの作戦に乗ったフェルファトアは、直ちに兵士に部隊とルーヌを呼ばせた。
部隊が総司令官棟の下に集結すると、エレーシーは全員を自分の周りに集まるように言った。
「皆、この建物を囲むんだ。そして、もしも地上統括府の総司令官に限らず、天政府人が窓から逃げたら、弓でも魔法でもいいから撃ち落とすこと、いいね?」
兵士たちはエレーシーの言葉に返事をする代わりに頷いた。
「よし……それから、ルーヌ。ルーヌは私達と一緒にこの中に入るよ」
「は、はい。分かりました」
ルーヌはエレーシーの言葉に、緊張した面持ちで小さく応えた。
「中にも天政府人はいるだろう。気づかれると面倒だし、なるべく見つからないように最上階まで行きたいね。それじゃあ、行こう」
エレーシーはさっと身を翻し、総司令官棟の中へと入っていった。
それに続いて、フェルファトアやエルルーア、アビアン、ルーヌといった、ミュレス大国軍の幹部たちが続いて入っていった。そして、それから僅かな数の決戦部隊の隊員が後を追った。
塔のようにそびえていた総司令官棟は、内部もまさに塔といった感じであり、中央に螺旋階段があり、それを囲むように各階層があるようであった。
その螺旋階段も、中央にあるため暗く、人がすれ違うのがやっとというほどに狭いものであった。
しかし、エレーシーにとっては、その方が都合が良かった。
目指す場所は最上階にあるであろう総司令官室のみで、その他の階層には特に寄る用事もなく、たとえ向こうから人が降りてきても、一対一で対応することが必至であったからである。
とはいえ、階段を7階まで登るということ自体がエレーシー達にとっては経験がなく、これも決戦までの一つの障壁かとも思えた。
「この先の様子は大丈夫なんでしょう?」
ふとフェルファトアが不安を口にしたが、それにハルピアが応えた。
「はい。何かあれば、先に登っている私達情報部隊の人が知らせに来てくれると思いますから」
「それがなければ、特に何もなく登れるということね」
「はい」
それを聞き、この先しばらくは会敵もないことを確信したエレーシー達は、一刻も早く総司令官室にたどり着くために、急いで階段を駆け上がった。
階段の端まで登りきり、そこから最上階に繋がる扉を開けると、そこには豪華絢爛な廊下が続いていた。
「ついにここまで来た。この先に、総司令官室があるんだろうね」
エレーシーは一瞬、感慨深く思ったが、これから地上統括府総司令官との決戦がいよいよ間近に迫っていることを意識し、気を引き締め直した。
「よし、総司令官室を探すぞ!」
エレーシーの呼びかけに、幹部と決戦部隊の兵士達は小さく声を出して応えた。
棟の最上階は、彼らにとって敵となるミュレス大国軍が乗り込んでいるにも関わらず、異様な静けさが流れていた。
その静けさがエレーシーを不安にさせもしていた。
総司令官達はもうこの建物から逃げてしまったのではないだろうか?
そうであれば、エレーシー達はこの地上統括府を占拠できるので、それはそれで利点はあるのだが、彼女はこの戦いに確実な終止符を打ちたいとも思っていた。
「一刻も早く、総司令官室を見つけ出そう。集中力を維持する意味でも、決着は早めにつけておきたい」
エレーシーはフェルファトアにそう言って急かさせた。
ほぼ円形になっている総司令官棟に「奥」というものはないが、一番階段から遠いところだろうとは予想できた。
そして、それはいとも簡単に到着することができた。
他の扉とは一段違う、高級な材質で誂えられた扉に、金属製の札がかかっており、そこには「地上統括府総司令官室」としっかりと書かれていた。
エレーシーはこれが罠である可能性も、もちろん考えた。
しかし、だからといって開けない理由はどこにもなかった。
(この部屋の中に、地上統括府の総司令官がいるかもしれない。だが、一人とは限らない……)
エレーシーは部屋の前であらゆる可能性を考えた。
見る限り、鍵のようなものは見当たらなかった。
しかし、律儀にこの扉を開けるには、数秒とはいえ隙を生み出すことにも繋がる。
「いよいよここまで来たか……皆、入ったら、すぐだから」
エレーシーは幹部と決戦部隊の皆にそれだけ伝えると、 その一言だけで全員、どのように動けばよいかは既に察したようで、その僅かな時間で隊形を整えた。
周りからも、そして自分の中からも、これまでに経験したことのない緊張と興奮を感じながらも、エレーシーは扉に手をかけた。
そして次の瞬間、手でノブを回しつつ右足で蹴り、勢いよく扉を開けた。
「ミュレス大国軍だ!」
エレーシーが声を上げながら扉を開けると、そこに広がる光景に思わず息を呑んだ。




