二三九 地上統括府市へ
ルフェンティアを出発した後、最初の夜は山の中で迎えた。
この街道は、大街道ほど街の数は多くはない。
ミュレス大国軍の一団は街道沿いに野営し、計画に沿って動けているかどうかを常に気にしながら行動していた。
とはいえ、彼女達もこれまで通り、一日で地上統括府市まで着こうとはもちろん思っていなかった。
そうなると、必然的に会議(といっても、数人寄って話すような小規模なもの)が増える。
今宵も、エレーシー達はフェルファトアやエルルーアと身を寄せながら話をしていた。
「そういえば、フェルフもエルルーアも、地上統括府市には馴染みがあるんだよね」
エレーシーはふと二人に聞き、それにフェルファトアが反応した。
「そうね。私の働いていた教科書販売の仕事は、この地上統括府市から各地方に売り歩くものだったし、エルルーアの場合は、学校だったっけ?」
「ええ」
「それなら、地上統括府がどういうところか、また少し皆に説明してくれるかな?」
「何回もしたでしょ?」
「大切なことだから、この戦いの前にもう一度……」
「まあ、エレーシーが言うなら……」
フェルファトアはそう言うと、幹部や隊長達を呼び、ルフェンティアから持ってきた地図を広げて説明を始めた。
地上統括府市はその名の通り、ミュレシアとミュレス民族を支配している地上統括府そのものが位置する都市であり、ルフェントハネヤ街道から少し離れたところに位置する、ルフェント高原という丘に築かれた人工都市である。
そこはまさに天政府人がミュレシアを支配し始めた時から、彼らが使いやすいように整備されており、その街の中心から四方八方に街道が伸びていた。
ミュレシアの中でも天政府人の人口が一番多く、ミュレス民族の数もミュレシアでは五本の指に入る都市であり、その分、市域も広く取られている。
「どこから攻められても逃げられるように」という意味も含め、どこからでも様々なところに行けるように、やがて地上統括府市を中心に、多くの街道が形作られていった。
また、この街には「市役所」というものがない。
それもその筈で、この街の中心は地上統括府の本庁であり、それが市役所も兼ねていた。
その地上統括府が街の中心の広大な区画を占め、そこから四方に街道が伸びており、本庁の周りには府の重要な関連機関が位置していた。
地上統括府という存在は、ミュレシアだけでなく、地上統括府市自体でも、まさに「中心」であることにふさわしかった。
「まあ、おおまかに言うと、こんな感じかしら」
「ありがとう、フェルフ。これまで行ったことがない街だから、どうしても想像するしかないからね」
「まあ……確かに、私とフェルフさんは地上統括府市で暮らしていたから街の様子がよく分かるけど、他の部隊は地上統括府市に来たことがない幹部もたくさんいるわよね。うーん……そこがちょっと心配な要素ではあるわ」
エルルーアはエレーシーの言葉を聞いて、呟くようにして心配を吐露した。
「それでも行くしかないからね。ここが勝負処だよ」
「ええ、それはもちろん……」
エレーシーの言葉に、フェルファトアとエルルーアは再び口を噛み締め、来たる戦いに向けて準備を万全にしようと改めて心に決めていた。
そして、いよいよ他の部隊と取り決めをした戦いの日を迎えた。
エレーシー達が指揮する南側部隊も、地上統括府市にすぐにでも乗り込めるような場所で天政府軍から見つからないように息を潜めてその時が来るのを待っていた。
そのエレーシーの下に、他の部隊から準備完了の情報が次々と舞い込んでいた。
最後の部隊となった東側部隊の連絡係がやってきたところで、エレーシーは集まってきていた兵士達を交えて、幹部に対して話を始めた。
「よし、今、この時をもって作戦を開始する。各自、これから鐘が一つ鳴る前に、自分の部隊に戻って直ちに作戦を実行するように。ただ、すぐに飛び出さないこと。今回は、複数部隊が足並みを揃える必要がある。『待つ』のも作戦の内と心得ること。いいね」
「了解しました」
「それじゃあ、皆、解散」
エレーシーと各部隊の連絡係は、密かに言葉を交わし、それぞれに散っていった。
このことは、エレーシー達が率いる南側部隊にも伝えられ、フェルファトアは自分が従える伝令部隊を呼んで話を始めた。
「皆、今から言うことを、全部隊に伝えてきて。今、総司令官から作戦決行の命令が下されたわ。これでいよいよ最後の戦いにするわよ。ここで勝って、これまでの戦いに終止符を打ちましょう。そのためにも、ここからは作戦をしっかり思い出して、かつ、私の命令にもよく気をつけること。分かったわね?」
「了解しました!」
伝令役の兵士たちが散っていくと、フェルファトアはエルルーアと共にエレーシーと最後の打ち合わせをすることにした。
「いよいよ始まるわね」
「ついに、と思ったら、なかなか緊張するね」
「確か、ここで朝まで待つんでしょう? かなり長い夜になりそうね」
「その間にも、できることはたくさんあるから、明日に備えておかないとね」
「私達は一番後でしょう?」
「そう。まずは北側、それから西と東。私達はその後だね」
「頃合いを見計らわないといけないから、大変ね」
「まあ……それが上手くいくかどうか、それが一番気がかりだけど」
「上手くいくかどうかは、ネベルシアノの星だけが知っている……ってところかしらね」
「うん……」
エルルーアの気の利いた言葉にもエレーシーはそれほど反応を示さず、ただ林の向こう側にある地上統括府市の街の灯りだけを眺めていた。
作戦を成功するには、夜。
これがもはやミュレス大国軍の定石となっていた。
しかし、今回はそういうわけにはいかなかった。
何せ、作戦を知らないミュレス民族の仲間がこれまでの街以上に大勢、地上統括府市にはいた。
それまでも市街戦はあるにはあったが、例えば、市民も戦いに交じり、勝手も知っているシェルフィアとも違い、こちらでは何も知らない、いわゆる一般的な市民が多いのだ。同じミュレス民族としても、彼らにはなるべく危害が及ぶような事態にはしたくないというところがあった。
それに、直近の戦いでは夜襲を多用していたこともあり、エレーシー達はあえて定石を外し、夜明けに行動することにした。




