二二九 第二次ルフェンティアの戦い1
参謀会議が終わり、2日後の朝。
メルヴェマルを南北に貫くルフェントハネヤ街道には、大勢の兵士の姿があった。
これは、市民にとっては2回目の光景となるが、前回と違うところの一つは、その数であった。
前回の戦いで最悪とも言える損耗率を叩き出したにも関わらず、前回の出撃の1.5倍ほどにも及ぶ兵士達を従えていた。前回のと出撃時にメルヴェマルに相当な数の兵士を残していたということでもあるが、それが今回、功を奏したということでもあった。
そして、何より兵士たちの心構えが違った。
一昨日の参謀会議の後、それぞれの部隊に戻った隊長達はそれぞれの隊の隊員達に参謀会議で決まった作戦の一部を説明したが、その時、参謀会議の最後に傍観者として参加していたエレーシーが述べた言葉を伝えた。
「この次はない」
短いながらも、エレーシーの覚悟を表した言葉だった。
メルヴェマルに集められた戦力のほとんどをここでぶつけようというのが、今回の作戦の始まりであった。
とはいえ、メルヴェマルからルフェンティアにたどり着くまでは数日を要した。
普通に行軍してもそれなりの時間を要するのだが、今回は戦闘前から疲れ果ててしまうというのを防ぐため、途中で休みながら行軍を続けた。
そしてもう一つの理由は、今回の作戦には開始時間の制約もあったからであった。
メルヴェマルを出発して数回目の夜が訪れようとしていた。
普段であれば、ここで野営するところであるが、この日だけはそういう訳にはいかなかった。
既にエレーシー達はベルターラ街道との分岐点の手前まで来ていた。
ただし、いつもと違う箇所は他にもあった。
それは「街道を歩いていない」ことであった。
エレーシー達ミュレス大国軍はこの時、ルフェントハネヤ街道ではなく、その西に広がる森の中を、前に続くようにして、そして方角を見失わないように注意しながら、ゆっくりと一歩、また一歩と確実にルフェンティアへと近づいていった。
やがて完全に日が沈み、辺りは星明かりだけが照らす暗闇となった頃、彼女達の眼の前をベルターラ街道が横切っていた。
「じゃあ、別働隊、向こうへ」
フェルファトアが、予め指定していた「別働隊」に作戦開始の合図をした。
別働隊は弓矢部隊と特殊能力部隊の一部で構成された、今回の作戦のために作られた臨時部隊で、彼女たちを指揮するために幹部のティアラが統括、先導することになっていた。
「それでは、行って参ります」
ティアラは小声でフェルファトア達に挨拶をすると、これまたベルターラ街道に沿って、森の中を進んでいった。
鬱蒼とした森であったが、ルフェンティアが近づいていることは確認できた。
天政府軍が、自分たちが監視できるように灯りを灯していたからであった。
「じゃあ、ここから展開開始ね」
フェルファトアは小声で、伝令役の兵士に伝え、それぞれに散らばっていくと、これまで縦に並んでいた隊列は、それぞれ横に広がるように展開していった。
ミュレス大国軍の大規模な隊列は、息を潜めるようにして、じわじわと再びルフェンティアに近づいていった。
装備が擦れるたびに音がしていたが、幸いなことにルフェントハネヤの雄大な流れがその音を消していた。
一方、別働隊の方でも、早くも動きがあった。
「ここで別れましょう」
ティアラは頃合いを見計らい、特殊能力部隊の一班に指示をした。
「了解。それでは、行って参ります」
班長は小声で応答すると、これまで西に向かっていた進路を北に取り、ティアラ達と別れていった。
その先ではベルターラ街道とルフェンティアを結ぶ道と突き当たることになっていた。
そして残ったティアラ達の別働隊は、別れた場所から一人ずつ等間隔で並び、そしてまた街道沿いの木々の影に姿を潜めた。
「よし、これでこっちの隊はいいかな?」
ティアラはひとまず作戦通りに部隊を展開できたことで、あとは時が来るのを待つだけになったことでとりあえず一息つくと、自分も姿を隠し、いつ全体が動くかと待つことにした。
一方、フェルファトアが率いる主要部隊は、主力部隊、弓矢部隊、特殊能力部隊の三部隊でひとまとめとなる班に別れ、それぞれの班でまとまりつつも、森の中で広がって展開しながら進んでいた。
そして後ろの方では支援部隊達がついていったが、前の戦いでの敗戦を受けて、支援部隊を護衛する部隊で囲むようにして展開していた。
空には星が輝く、曇のない夜空であったが、星の光も森の中には届かないようだった。
そのおかげか、これほど大規模に展開しているにも関わらず、まだ天政府軍に見つかる様子はなかった。
既に夜の中間(註:現在の0時)を過ぎ、巡回する天政府軍の数も減ったのかもしれなかった。
「もうそろそろ展開は終わったかな? 皆、ちょっと確認してきて」
「承知しました」
フェルファトアが他の幹部に指示をすると、彼女たちは静かに様子を見に行った。
「総司令官、統括指揮官、展開完了です」
「こちらも、展開完了しています」
次々と幹部から報告を受け、戦いへの最終準備が終わったことを確認すると、フェルファトアは横にいたエレーシーとエルルーアの顔を見た。
「フェルフ、ここからはよろしく」
エレーシーは一層真剣な顔をしてフェルファトアに現場の指揮を任せた。
「いつでも」
エルルーアも短いながら、突撃の意思を確認した。
「よし、それじゃあ行きましょうか」
フェルファトアはその言葉とともに、集まっていた幹部と伝令役の兵士に次の段階に進む言伝とともに解散させた。
ここから先、作戦通りに行くか、そして作戦外のことに対応できるか、その殆どはフェルファトアの手に託された。




