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二一八 三民族が会する大国

 エルルーアの言うように、「ミュレス民族」の中にも種族差と地域差を内包していた。

 そして、それはこれまでの歴史的経緯によって複雑に絡み合っていた。


 白猫族は主に中央山脈より西側に多く、逆に黒猫族は主に東側に多い。

 その中でミュレシアよりさらに西にある天政府本国の影響を強く受けるのは、西側である白猫族の文化であった。

 逆に悪魔族からなる地国の文化の影響を受けるのは黒猫族の村落であった。


 そのミュレス民族内の文化の差は、元々の「村」の単位ではきっぱりと分れていたが、近代(註:当時としての)になって「都市」が出来、文化が混じり合っていた。


 そのため、白猫族と黒猫族は共通している文化と共通していない文化がある。


 また、もう一つの民族である北方白猫族と彼らの間の文化差は明確であった。

 そこには「魔法」という特殊技術が深く関わっていた。

 ただでさえ、北方白猫族の都市はシェルフィアとメルンドといった白猫族の街々から遠く離れた街しかなく、交流は限定的であった。

 そこに「魔法」という特有のものが生活の中に入っているのだから、北方白猫族はそもそも生活様式が全く違う民族であった。


 さらに、彼らの中には別の「違い」があった。

 それは「言葉」である。


 白猫族と黒猫族では使う方言に違いがあり、それが都市部で混ざり合い、都市部は都市部独自の方言が生み出されていた。

 そして、北方白猫族はそれらにもまして、構成される語彙に微妙な差異があった。

 一度や二度会うくらいの仲なら特に気にならないだろう。

 しかし、連携を密にし、寝食をともにする兵士や幹部ともなれば、話は別である。


 エルルーアはさらに続けた。

「確かに私達は、圧政に苦しみ、天政府人に虐げられていたという状況を脱するために、『天政府人に虐げられていたミュレス民族』ということを柱にして、皆でまとまって戦ってきたわ。もちろん、一人ひとりには違うところはある。でも、同じ『ミュレス民族』ということで、最初からここまでまとまっていた。でも、人が多くなるに連れて、次第に『白猫族』『黒猫族』『北方白猫族』という3つの民族ごとに固まるようになり始めているように気がするわ」

「そんな情報、どこで仕入れてきたの?」

「私の肌感覚もあるけど、酒場を見ても、同じ民族同士で固まっているところを見かける機会が多くなっている気がするのよね」

 アビアンとエルルーアの話もよそに、エレーシーはエルルーアの言う事について考えていた。

「そうなのかな……シュビスタシアでは白猫族と黒猫族はいつも仲良くしていたし、天政府人という共通の敵がいるから……」

 エレーシーはそう言ったが、エルルーアはさらに続けた。

「シュビスタシアはそうかもしれないわね。でも、私とフェンターラの生まれたベレデネアは黒猫族の村。それに、これまで通ってきた小都市でも、白猫族だけの村落、黒猫族だけの村落というのはあったわね。そういう小さな村で暮らしていた人と、私達のような都市で暮らしていた人とは、考え方が違うのよ。良くも悪くも、エレーシーさんの言う通り、『天政府人、天政府軍、地上統括府』という共通の、超えられそうにない敵がいたからこそ、3つの民族がまとまっていたとも言えるわね。今、天政府軍と張り合うようになった私達だからこそ、何か一本、柱になるようなものがないと、うまくまとまらずに内部で歪な力が生まれる可能性もあるんじゃないかしら?」


 エルルーアの発した警告に、エレーシーは腕を組んで小さくうなりながら考え込んだ。

「確かにそう考えれば……3つの民族の違いに目を向ければ大きな違いではあるよね……それに、フィルウィートまではティナが兵士たちの精神的な支えになっていた面はあるか……」

 エレーシーはそう呟いて、しばらく黙って考え込んだ。

 これまで仲の良い友達のようにあれこれと話しながら酒が進んでいた飲みの場も、この時ばかりはしんと静まり返っていた。

 酒場には、エレーシーだけでなく隊長級の人を中心に、多くのミュレス大国軍の兵士や市民たちもいたが、エレーシー達の卓の雰囲気に圧され、次第に静寂が波及していくようであった。


「……よし、このあたりで一度、兵士たちを集めて話をしようか」

 エレーシーの提案に、アビアンやフェルファトアは少し驚きの表情を見せた。

「兵士を一堂に集めるの?」

 フェルファトアは少し声の調子を落とし、改めてエレーシーに確認した。

「うん……ティナがこういう時に何をやっていたかなと考えると、こんな時は皆を集めて訓示をしていたんだ。人が少なかったという違いはあるかもしれないけど、やっぱりティナが兵士達の心をまとめていたのは、事あるごとに訓示をしていたからじゃないかな、と思ってね」

「なるほど、お姉さんの真似をしようということね」

 エルルーアは言葉は鋭かったが、口調はどこかしら穏やかであった。

「どうかな、エルルーア?」

「まあ……内容が良ければいいんじゃないかしら?」

「ありがとう。他の皆は?」

「ええ、いいんじゃないかしら? 内容は、私達でも確認すれば、それなりに良いものになると思うし……」

「私も、総司令官の言葉が必要だと思います!」

 フェンターラも心強くエレーシーの背中を押すように答えた。

「じゃあ、明日の幹部会議で早速、議題に上げよう!」

 エレーシーは、また元気よく宣言をし、場を盛り上げた。


 次の日の朝。

 市役所ではいつものように幹部会議が開かれていた。

「おはよう。今日はちょっと、私から提案したいことがあるんだけど……」

 エレーシーは開始早々に話し始めた。

「一度、兵士全員を集めて、話をしたいと思っているのだけど、どうかな……」

「話……ですか?」

 昨日の酒の席にいなかった幹部たちは若干戸惑いの声を漏らした。

「そう。ほら、部隊が出発する時に、先頭に立って話をしているでしょ? あれを、今、あえてやっておきたいと思ってね」

「また急ですね。どうしたんですか?」

 ワーヴァが質問した。

「ミュレス大国軍も人が増えたし、民族も白猫族、黒猫族、北方白猫族と多彩になってきたでしょ? それに、最近はその民族単位でまとまりがちという話も聞くし、変な歪みができてもいけないからね。こういう時、ティナもやっていたでしょ?」

「確かに、ティナ前総司令官は区切り事に色々な演説をしてくださいましたが……」

「だから、これから攻め入ろうという今だからこそ、必要だと思ってね」

 エレーシーは幹部達全員の顔を見ながら、さらに今回開催しようと思った経緯を詳しく説明した。

 その話に幹部達の反応は好調で、理解を示してくれたようだった。

「それで、内容はもう考えたの?」

 エルルーアが質問をすると、エレーシーは訓示の内容について、手短に説明をした。


 説明が終わると、ワーヴァが手を上げた。

「内容は良かったです。ただ、やっぱり、数万人いる兵士を一堂に集めて、訓示だけでは物足りないかもしれませんね」

「物足りない……?」

「ああ、すみません。物足りないというとアレですが、それだけの人数を集めるとなると、色々と手間もありますし、それだけ聞いて解散とするよりかは、今後の行動についても少し説明をする場にしたほうが良いんじゃないかと……」

 ワーヴァの言葉に、エルルーアはうなずいた。

「確かに、それはそうかもしれないわね。内容が内容だけに、『それだけのために……』と思う兵士も出てくるかもしれないわね」

「そうか……じゃあ、今後の予定の予告もしておこう。これからが、また勝負になるわけだからね」

 エレーシーも、ここから先はまた一段と違う段階へと進んだという実感があった。

 それならば、その話も盛り込もうという提案には賛成であった。

「それじゃあ、明日の昼、鐘がなった時に、大広場に集合ということで。内容は訓示と今後についての予告でいいわね?」

 フェルファトアがこの件についてまとめ、幹部達の反応を確かめると、全員納得したようだった。

「それじゃあ、この会議が終わったら各部隊に伝えること。いいわね?」

「はい!」

 幹部達は元気よく返事をして、エレーシーが話をする舞台を整えようとしていた。


 そして、次の日の昼。

 エルネンベリアの大広場に、非常に多くの兵士たちが集まっていた。

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