二一七 派遣部隊の帰還
エルネンベリアで待機しているエレーシー達は、フェルファトア達の帰還をずっと待ち続けていた。
派遣部隊から報告は来るものの、頻度はほんの僅かだった。
どのような経緯で、どのような作戦で行動しているかといった情報はフェルファトアに任せっきりで、エレーシーのもとには情報があまり来なかった。
一番の理由は「派遣部隊から本隊までの安全な通信手段が存在しない」からだが、承知してはいても、やはり気になるものは気になるものだ。
エレーシーはミュレシア全土を司る「本部」として全国各地の戦況を分析しながらも、いつもフェルファトア達のことが頭の片隅にあった。
「大丈夫かな……」
エレーシーは総司令官室で毎日の報告や会議、計画に忙殺されながらも、ふとした瞬間に呟いていた。
「信じましょう、フェルファトアさん達を……」
副本部長の役を仰せつかい総司令官室にいることも多かったエルルーアは、エレーシーの呟きに軽く反応しながらも、同じように心配はしていた。
もちろん、彼女の妹であるフェンターラが派遣部隊に帯同していたことも理由の一つではあった。
「総司令官! 統括指揮官達がお戻りになりました!」
ある日の午後、門番役の兵士が総司令官室に駆け込んできた。
「本当!? ぜひ案内して!」
エレーシーはその言葉を聞くやいなや椅子から立ち上がり、次の瞬間には部屋の外へと飛び出していた。
エレーシーが市役所の玄関から外に出ると、そこには既にフェルファトアやアビアン、そして派遣部隊の面々が立っていた。
「エレーシー!」
フェルファトアはエレーシーの姿を見ると腕を上げ、まるでつい昨日別れたかのように挨拶をした。
「フェルフ! 無事で良かった」
エレーシーは飛びつきたい衝動に駆られたが、総司令官という立場の手前、寸前で立ち止まり、フェルファトアと握手をした。
「ええ。エルネンベリアも変わっていないみたいで良かったわ」
フェルファトアはエレーシーを引き寄せ、腕を背中に回して抱きかかえた。エレーシーはできれば自分からしたかったと思いながらも彼女を受け入れた。
「エレーシー、元気だった?」
フェルファトアの影からアビアンが顔を出した。
アビアンはフェルファトアと違い、顔を見るやいなやすぐさまエレーシーに飛びつき、再会を喜んだ。
「わあっ! ……あ、アビアン。無事で良かったよ! さあ、皆、中へ」
エレーシーは幹部たちを市役所の中に手招きし、会議室でフェルファトア達の報告会を行った。
もちろん、この報告会での内容は「シェルフィアの奪還」「メルンドとの協力」の2つである。
この時点で、ミュレス大国は東はノズティア、北はメルンドに至るまで、大陸南西部沿岸域の大部分を占めるほどの一大国家になっていた。
その日の夜、エレーシー、エルルーア、フェンターラ、フェルファトア、アビアンの5人で食事に行くことにした。
このエルネンベリアに本部を構えてから、エレーシーはエルネンベリアの街に詳しくなり、いくつか馴染みの酒場も出来ていた。
今回はフェルファトア達が久しぶりに、そして無事に合流できたということで、エレーシーおすすめの酒場に集まることになった。
「しかし、これで東はノズティア、北はシェルフィアを超えてメルンドか……」
エレーシーは、改めて自分たちが持っている版図の広さを言葉に出して噛み締めた。
「もうミュレス民族の結構な割合が私達のミュレス大国の下にいるんじゃないかしら?」
「まだ内陸部には手を出していないとはいえ、私達ミュレス民族って、海岸線沿いに集中しているでしょう? もう結構な割合になっていると思うよ」
「ミュレス民族って、この大陸に何人いるんだろう?」
「教科書によると、820万人だったよね?」
「ええと、確かそう書いてあったわね」
「エレーシー、これまでの人口の集計とかってしてるの?」
「そういうのはワーヴァがやっているけど、そうだなあ……シェルフィアまでで、確か、もう500万人近くいるんじゃなかったかな?」
エレーシーは自分の事であるにも関わらず、さらっと言ってみせた。
「ワーヴァから聞いた話だけど、その中でも我々ミュレス大国軍に属している兵士は約10万人と聞いているわ」
エルルーアがエレーシーの話に付け加えた。
「うーん……改めてそう考えると、すごい規模になったなあ……」
エレーシーはエルルーアの言葉を聞いて、またミュレス大国軍という存在の巨大さを顧みた。
「ここまでの大国になる……エレーシーさんは、トリュラリアでの建国時には想定していたのでしょう?」
エルルーアがエレーシーの顔を覗き込みながら問いかけた。
「もちろん、想定はしていたよ」
エレーシーはすぐに答えたが、その顔はどこか不安げでもあった。
ミュレス民族の解放という壮大な目標を掲げていると、いずれたどり着く数字ではあった。しかし、いざそれが眼前に現れると、感動もひとしおだったが、その数百万の民の上に立つということも、実感としてはあまりなく、それがエレーシーに不安感を与えていたらしかった。
しかし、さすがはエルルーアのこと、エレーシーの一瞬の顔ににじみ出た不安を見逃すはずがなかった。
「ミュレス民族820万……しかし、それは決して一枚岩ではないわ。貴女はシュビスタシアで暮らしてきた。私は地上統括府市で暮らしてきた。それだけでも、若干の風習や文化の違いはある。それが、北方と東方では違いは大きいでしょうね」
エレーシーにとっては不安心を煽るような言葉だったが、エルルーアはさらに続けた。
「でも、私達ミュレス民族には、さらなる違いがある。それが、白猫族、黒猫族、そして北方白猫族という、ミュレス民族の中での民族の違い。そこには、地域差以上の文化の差、そして背景の差がある。もちろん、これはこれまでの戦いの中で分かっていることでしょうけど……」
エレーシーには、エルルーアの言葉が心に強く沁み入った。
これはもちろん、軍を率いる中で感じていたことであった。




