二一三 軍加入前の暮らし
しばらくの間、静寂が部屋に流れた。
しかし、ふとアビアンがまた体をくるりと回転させて、ヤルヴィアーに問いかけた。
「昔からの慣れとは言うけど、ヤルヴィアーは軍に入る前、どんな暮らしをしていたの? やっぱり、天政府人に虐げられた生活?」
「うーん、オレは確かにヴェルデネリアの街に出入りはしていましたけど、天政府人から直接虐げられていたわけではないですね。まあ、嫌な思いは何回もしていますけど」
「なるほど、何をしていたの?」
「オレは、郊外の村の出身で、ヴェルデネリアは港町でしょ? だから、オレの村で出来た作物を市場に卸すという仕事ですね」
「ふーん、じゃあ、ティナと同じような仕事をしていたのね」
「ああ、そういえばそうですね。前総司令官は船を使っていたようですけど、オレは陸で」
「じゃあ、やっぱり村に掛かる税金が苦しくて?」
「そうですね。特に統括指揮官が来るまでの税金はそれはもう重苦しいものでしたから」
「それで軍に?」
「それもありますけど、村に軍がやってきた時に、村長が何人か出すということを決めたんで、それで誰が出るかという話になった時に、オレが手を上げたんです」
「今や幹部にまでなっているんだから、大したものだわ」
「いや、そう言われると、ありがたいです」
ヤルヴィアーは布団の中で頭を下げた。
「じゃあ、村では男の子といつも一緒だったのかな?」
「うーん……まあ、女の子と遊ぶこともありましたけど、オレの友達には男が多いですね」
「なるほど、だから隊長時代は男の子とつるんでたんだ」
「関係あるかもしれないですね。でも、別に、今の幹部みたいに女性に囲まれても抵抗感ない……ないですから!」
ヤルヴィアーは一度自分の気持ちを確かめるように、一度言葉を飲み込んでから言いきった。
「ふふっ、そうムキにならなくても別にいいわ」
フェルファトアは笑いながら答えた。
「そういえば、お二人はどうなんですか?」
「あ、それ、私も聞きたい。フェルフ、教科書売りする前はどうだったの?」
アビアンはヤルヴィアーの上に乗るようにして、前のめりになりながら聞いた。
「私? 私は生まれも育ちも地上統括府市だけど?」
「えっ、都会生まれなの?」
「そうよ。そうじゃなけりゃ、地上統括府市で教科書販売なんていう仕事任されないもの」
「一番、天政府人に近いですよね。天政府人との関係は大丈夫だったんですか?」
「まあ、働き出すまでは天政府人もそれほど厳しくないからね。その後はお察しだけど」
「じゃあ、じゃあ、地上統括府市育ちなら、地上統括府の一番上の人も見たことあるの?」
「もちろん。代々見てきたわ。総司令官が変われば、お披露目の行列ができるもの」
「そんなことしてるんだ」
「そういえば、二年間だけ、女性の天政府人が総司令官になっていたときがあったけど、あの時は割りと生活が楽になったわね」
フェルファトアの言葉に、ヤルヴィアーとアビアンは驚いた。
「あの圧政で有名な地上統括府が政策緩和を?」
「うーん、なんでかはわからないわ。まあ、その後にやってきた総司令官が……軍を作ったときの総司令官なんだけど、その人が最悪でね。揺り戻しなのかわからないけど、やたらと厳しくなるわ、搾取されるわで全然いいところなかったわね」
「じゃあ、その女の総司令官の方は、オレたちミュレス人に比較的理解があったということなんですかね?」
「うーん、むしろそれまでが非人道的だったから、いくらかマシというような感じがしなくもないけど……」
「じゃあ、アビアンは?」
「私? 私はミュレシア東部の街の生まれだよ」
「へえ、どこ?」
「たぶん、言っても分からないから……」
「でも、ミュレシア東部って黒猫族が多い地域よね。アビアンは白猫族でしょ?」
「私の街は、東部でも一番端の方で、他民族との境界にある街なの」
「それって、悪魔族?」
「そう。悪魔族でも、西部悪魔族っていう種族ね。肌の青い南部とは別。昔から天政府人と悪魔族の対立が多くて大変だったの。それで、私は見た目白猫族だから、シュビスタシアで働けという通達が来て、それでシュビスタシアで働いていたっていうわけ」
「じゃあ、あの仕事をしていたのも?」
「うーん、まあ、成り行きで」
「成り行きね……」
それからも色々な話で盛り上がったが、いつしか気づかないうちに会話も途絶え、静かになった。
「……眠れない……」
その中で、ヤルヴィアーは一人、目が冴えていた。
統括指揮官と総司令官補佐に挟まれていることに緊張したのだろうか。
左を向いたり右を向いたりと、忙しなく身体を動かしていた。
「うーん……ああ、そうか。昨日は3人で寝ていたんだっけ……」
次の日、最初に起きたのはフェルファトアだった。
彼女は身体を起こした後に隣を見て、昨日寝室会議を行っていたことを思い出した。
「フェルフ、おはよう……」
アビアンもフェルファトアの声か物音に反応したのか、同じように起き上がった。
「あら、ヤルヴィアーは……」
フェルファトアがふと左を見ると、気持ちよさそうに寝ているヤルヴィアーの姿があった。
「ふふっ、よく寝てるね」
アビアンはヤルヴィアーの頬を撫でながら微笑んだ。
「アビアン、悪戯しないで起こしたら」
「ああ、そうだね。ほら、ヤルヴィアー、朝だよ」
そういうと、アビアンはヤルヴィアーを揺すったり、無理やり起こしたりして目を覚まさせた。
「ん……」
ヤルヴィアーは意識だけやっと眠りから脱しているような状態で、目も開けないままに呟いた。
「ヤルヴィアー、朝よ」
「朝……うーん……」
いつもの活発な姿とはうってかわって、両隣の二人にとりあえず反応するくらいしか出来ていなかった。
「ヤルヴィアー、昨日は眠れなかったの?」
「うーん……あまり……眠れなかっ……た!」
ヤルヴィアーはそう言いながら、両手を上げて、再び枕の上に仰向けで倒れた。
「あら、これじゃあすぐには起きれないわね」
「まあ、隣がいつもとは違うし、ね」
「しょうがないわね。まだ時間はあるし、もう少し寝させてあげましょう」
ここで、総司令官のエレーシーなら無理やり起こすところかもしれないが、フェルファトアは優しくそのまま眠らせてあげた。
「まあ、仕方ないか。朝食を取りに行く時には起こさないと」
「あら、アビアンがやってくれる?」
「ええ、私がしますよ」
アビアンは陽気に答えた。
「じゃあ、私は先に護衛役の兵士のところに行ってるわね」
「はーい」
部屋に残ったアビアンは、着替えを済ませると、ヤルヴィアーのそばで、しばしゆっくりと時間が過ぎるのを待つのだった。




