一八八 軍民共同作戦
「さて、改めてようこそ、ミュレス大国軍シュビスタシア防衛部隊の拠点へ」
防衛部隊長室に場所を移すと、ヴェステックワはエルダンディアを正式に招き入れた。
「ありがとう。でも、話は手短にしよう。私達は、私が捕まったからといって立ち止まるような集団ではないよ。このままだと、私の知らないところで知らないことが起こっていても、不思議じゃないから」
「それは大変ね。それじゃあ、早速話に入りましょう」
話の中心は、なんと言っても、ヴェステックワ率いる大国軍の防衛部隊と、エルダンディア率いる市民暴動部隊の融合的作戦についてだった。
今は怒りの矛先を天政府軍ではなく、一般の天政府人や、シュビスタシアそのものに対して向けているが、それを天政府軍やシュビスタシア政府に対して向ける必要があった。
「そもそも、何故、天政府軍や市役所ではなく、街や天政府人そのものを攻撃しているの?」
「私達は民間人の集まりだよ。天政府人の中でも関わりがあるのは、職場だったり、住み込みの人なら、そこに住んでいる天政府人しか知らないという人が多数を占めているからね」
「だから、普通の天政府人を襲っていると?」
「……まあ、最初は、警備をしている天政府軍を対象にしたこともあったよ。だけど、天政府軍を相手にした面々はことごとく散っていったからね。それで、潜在的に恐怖を感じている人も少なくない」
「だから、手の出しやすいところを襲っていると……?」
「その一面は、確かにある」
「それはちょっと困ったわね。これから天政府軍を相手にするなら、その恐怖感を和らいでもらわないと」
「うーん、そうだなあ……」
そこで、話を聞いていた防衛班長が横から割って入った。
「隊長、市民の方々に天政府軍と直接対峙させる必要はないのでは?」
「……というと?」
「天政府軍と直接剣を交えるのは、我々防衛部隊の役割でしょう。そこまで、私達以上に何の訓練も積んでいない市民の方々に求めるのは酷というものではないでしょうか?」
「うーん、まあ、そう言われればそうだけど……でも、シュビスタシアの天政府人からの解放の為に躍起になっている人が多いはずだし、第一線から外すというのも……」
「確かに、天政府軍に対して苦手に思っている仲間もいるけど、そうでない仲間もいるから……」
「とはいえ、相手は天政府軍だし……」
三方から攻めた議論はなかなか結論を見いだせないでいた。
それから約2時間に亘って、3人での話し合いが続いた。
話し合いの末、ようやく話がまとまった。
「それでは、この作戦で行きましょう。エルダンディア、貴女の部隊は動けるかしら?」
「これから拠点に戻って、皆に掛け合ってみるよ。話はそれからだね」
「分かったわ。それじゃあ、向こうでの話がまとまったら、またこっちに戻ってきて。私達は私達で、しっかりと作戦が遂行できるように準備しておくから」
「よし、それじゃあ私は一旦戻るね」
「気をつけて」
ヴェステックワは、戦いの意思に満ちたエルダンディアの目を見つつ、去っていく彼女の姿を目で追った。
いよいよ、民衆の暴動部隊と、大国軍の防衛部隊の共同作戦が始まろうとしていた。
「シュビスタシアは私達のものだ!」
「私達に自由を!」
ある夜、市役所前に集まった約500人の民衆は口々に自分たちやシュビスタシアそのものの解放や自由を訴えながら、投石や破壊活動を繰り返していた。
数は力になる。
ヴェステックワはエルダンディアにそう教え、彼女に集められるだけの人を集めさせたのであった。
しかし、それを現状支配している天政府軍が黙っているはずがなかった。 彼女達が近づいてきたのを見るやいなや、一人の兵士がすぐさま市役所の中へと入っていった。
「隊長! ミュレス人達が市役所に向かってきています!」
「何!? 迷うことはない! 即刻追い返せ!」
天政府軍の隊長も、ここ最近のミュレス人の暴動を掴んでいないはずはなく、彼らは彼らで、制圧に躍起になっていたのだった。
そんな天政府軍が取る行動は一つだった。
暴徒と化した民衆の排除。
これまでミュレス大国軍やその他の山賊じみた連中を相手にしていた天政府軍にとって、それはいとも容易いはずであった。
「いや、ちょっと待て。すぐに飛び出すな」
しかし彼らには、このシュビスタシアで、同じようなミュレス人の集団に寝首をかかれたこともあり、いつもより慎重に動いていた。
すぐに飛びついて排除するでもなく、市役所の中からゾロゾロと出てくると、ミュレス人達がどう出るかを伺っていた。
その様子を遠いところで見ていたヴェステックワ達は、内心やきもきしながら、他の兵士達とともに見守っていた。
「困ったわね……暴動部隊がもうちょっと騒いでくれないと……」
「もう出たいところですが……もう少し様子を見ますか?」
「見ざるを得ないわね。とりあえず、周りに天政府軍の見張りがいないかどうか、よく確認して」
「はい、分かりました」
ヴェステックワが見守っているうちに、群衆と天政府軍の間の空気は次第に重くなってきていた。
じわじわとではあるが、ヴェステックワが思い描いていた展開になるだろうと、次の段階に進むための準備を進めていた。
その後、しばらく膠着状態が続いていた。
静かではあるが、熱気に満ちた空気が流れていた。
それは永遠に続くかとも思われた。
しかし、この空気に耐えられなくなったのは、群衆の方だった。
「天政府人からシュビスタシアを取り戻せ!」
「おーっ!」
誰かが言ったこの言葉を皮切りに、群衆は天政府軍の方に向かっていった。
「ミュレス人を入れるな!」
「はいっ!」
群衆の誰かの一歩目が早いか、天政府軍指揮官の命令が早いか、すぐさま鎮圧に向けて、彼らの全力をぶつけた。
ミュレス人の一般市民と、百戦錬磨の天政府軍の兵士たちのぶつかり合い。
誰がどう見ても結果は想像できた。
しかし、ヴェステックワにはミュレス人側の人的被害を抑えるためにも、すぐに作戦に取りかかる必要があった。
「よし、みんな! 行こう!」
「はい!」
そう言うと、ヴェステックワと連れの兵士は、天政府軍が市民たちと衝突している様子を注意深く見送りながら、身を隠しながら市役所の敷地内へと入っていった。
「中は要塞化しているかもしれない。気をつけて!」
「はい!」
ヴェステックワ達は一旦敷地内に入ると、そこからは足音を立てないように注意しながら、市役所の玄関までたどり着くと、窓から様子を伺おうとした。
しかし、流石に有事の真っ只中とあって、全ての窓が中から板で隠されていた。
「この様子だと、やはり中で兵士達が待機しているかもしれません」
「やっぱり……?」
「ええ、昼間は市役所として、夜は兵士が守っているでしょう。敵は天政府軍ですから」
「前回の失敗は繰り返さない、と……」
ヴェステックワは、今回の奪還はそう計画通りにはいかないことを悟った。
やはり相手は天政府軍である。
侮ってはならなかった。
「いくら相手が天政府軍とはいえ、中の『基本構造』は変わらないはずだわ」
ヴェステックワはそう隊長に伝えると、中の構造を思い出した。
彼女は短い間とはいえ、市長としてこの市役所で働いていたこともあり、中の構造については一室残らず把握していた。
「正面突破は無理がある、それなら通用口か……」
しかし、そもそもそれほど扉の少ない市役所の建物では、素直に扉から入るという選択肢はなかなか使いづらかった。
「隊長、ちょっと……」
ヴェステックワは隊長に一言話しかけて、配下の者の一人に、建物の周りの様子を見に行かせた。




