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一八七 軍民論争

「……それで……」

 しばし、淀んだ重苦しい空気が場を支配したが、それを断ち切ったのは、エルダンディアの方であった。

「……貴女がこんなところに連れてきた理由って、何?」

 エルダンディアは自分の聞きたいことを、そのまま切り出した。

 それに対して、ヴェステックワはしばし黙ったまま俯き、やがてエルダンディアの目を見ながら重い口を開いた。

「……率直に……率直に言って、今の暴動を止めて欲しいと、そう思って呼んだのよ」

 ヴェステックワが話し終わると、一瞬、今まで以上にしんと冷たい空気が流れた。

「……はっ! 私を捕まえるくらいだからそういう事だとは思ったけど、よくもそんな事が言えたわね!」

 エルダンディアは椅子を倒す勢いで立ち上がり、机を叩きながらヴェステックワを指差しながら罵った。

「シュビスタシアで天政府軍を打ち破って、シュビスタシアのミュレス人に自由を与えてくれたミュレス軍が、今や天政府人がそれまで以上に好き放題している現状を指を咥えて眺めているばかりでなく、市民が立ち上がって天政府人に奪われた自由を再び奪い返そうとしているところを止めさせる! 自分達だって、元々私達と同じ民衆だったくせに! 一時はミュレシア南岸地帯を支配したミュレス大国も堕ちたものだわ!」

 エルダンディアは次々と言葉を重ね、防衛部隊ではなくミュレス大国軍全体を批判すると、そのままヴェステックワに背を向けて外に出ようとした。

「あっ、待って、待って!」

 とっさに放ったヴェステックワの声に、エルダンディアはすぐに反応した。

 ヴェステックワはそれを見て、彼女が逃げないうちにさらに続けた。

「私達は、何もただ止めて何もするなと言いたいわけじゃないの。ただ、今のままでは良いことにならないから、将来的に良くなる方向で何とかしたいから、今回の暴動の首謀者である貴女と話をしたいと思ったの。だから……」

 ヴェステックワは話をしながらエルダンディアの手を取り、自然とまた席の方に案内した。彼女もその空気に呑まれたのか、いつのまにかおとなしく席に座っていた。

「まず、言っておくけど、再び天政府人の手からシュビスタシアの政治を私達ミュレス人の手に取り戻して、私達が再び自由を手にするまでは、天政府人に対する攻撃を止めるつもりはないからね。一応、貴女の話は聞くけど、それが前提ね」

 ヴェステックワが机の向こう側に座ると、エルダンディアはすぐに話し始めて防衛隊側に釘を差した。

「ええ、天政府人の手から自由を取り戻す……それは私達も目指すところだから分かるわ」

「……本当に?」

 エルダンディアは訝しげにヴェステックワの目を見つめた。

「ええ、もちろん。私だってシュビスタシア解放前までは天政府人に仕えていたから……」

「なるほど……しかし……」

 エルダンディアは焦りの表情を見せた。

「さあ、まずは話しましょう」

 少し弱みを見せたようにみえた彼女に、ヴェステックワは優しく問いかけた。

「話ったって、私達がこうやっているのは、元はと言えば貴女達ミュレス軍が天政府軍に対して何にもしないから!」

 エルダンディアは再び軍に対する恨みを口にした。

「私達市民は、あのシュビスタシア市役所と治安管理隊がミュレス人の団体に占領されたという話を聞いて、大いに喜んだ訳。これまで天政府人に扱き使われ、体に無数の傷を刻み付けられてきた」

 そう言いながらエルダンディアは腕や胸元に残った傷を見せた。

「そして、私は、この25年間で感じたことのないものを感じたの。あっ、天政府人にもう悩まされることはない……とね。ところが、それから1年と経たないうちに、また天政府の軍隊がやってきて、あの姿はどこに行ったのか、貴女達ミュレス軍はあっさりと敗北した!」

 エルダンディアの言葉にヴェステックワは少し思うことはあったものの、総司令官からの手紙を思い出しながらじっと話を聞き続けた。

「それから、私達市民の暮らしは一層苛烈なものになった! まさか、あの日々よりも辛いことがあるとは思わなかったよ。

そして、それから数ヶ月は経つ。数ヶ月は経つが、あれから貴女達ミュレス軍が天政府軍に対して動きをみせたことは無い!」

 ヴェステックワは、彼女の断言を黙って聞く他無かった。

「一回手にした自由が、みるみるうちに奪われていく。それが、それまでの何倍も苦しい事なんだよ……」

 先程までの威勢はどこに行ったのか、一転、目に涙を浮かべながら訴えるように話した。

「そ、そうね……」

「一回自由を味わってしまった私達には、これ以上天政府人の横暴に耐えられない。それに、貴女達だって、元々は私達と同じ市民でしょ?」

「それは、まあ……」

「私は、タトー統括指揮官やタミリア総司令官が市民を集めて、大街道沿いの街々を次々と天政府人の手から取り戻したあの栄華! 最も、それも今やだけれど……それを聞いた時に、私は僅かながら希望を抱いた! そして、遂にシュビスタシアが我々ミュレス人の手元に来た! その時の感動たるやもはや言い尽くせない程だった。だから、もう一度、私達市民で、再びこのシュビスタシアを我々の手に取り戻そうと、私達は頑張って天政府人と戦ってるんじゃないか!」

 エルダンディアは勢いのあまり、再び立ち上がってヴェステックワを見下ろした。

「なるほど……総司令官達と同じように……それは理解できる……」

 ヴェステックワは彼女の話に、知り合いであったタミリアの面影を一瞬だけ重ね合わせつつも、エレーシーからの伝言を思い出して、負けじと立ち上がった。

「そうだとしても! 今の貴女達の暴動はもはや破壊活動。やりすぎだわ」

「やりすぎと言ったって、だからってじっとしていることも出来ないよ。そもそも、防衛部隊なら、なぜ天政府人からこのシュビスタシアを取り戻そうとしないの?」

「確かに、私達は今は動いていないわ。でも、軍の幹部からの指令があれば、いつでも動けるように、常に準備は万全にしているわ」

「じゃあ、なぜ幹部はシュビスタシアの再奪還について何も触れないの?」

「それは……ちょっと、今、幹部が落ち込んでいて……」

「落ち込んでいる?」

「私達の総司令官の名前はご存知?」

「え? 総司令官? 確か、タミリア……だったかな」

 ヴェステックワは、やはりという顔をして、神妙な顔をして再び話し始めた。

「これはシュビスタシア市民の皆には話してないけど、実は総司令官が変わったのよ」

「変わった? 何でまた」

「理由については……あまり話したくないけれど、今は前統括指揮官のエレーシーが総司令官を務めているわ」

「理由について話せないの?」

「そうね……私はタミリアちゃんの事は黒猫族互助会の時からよく知っているから、ちょっと、個人的にも、あまり口にしたくはないわね」

「ああ……なるほど……」

 エルダンディアはヴェステックワの悲しそうな表情から、ある程度事情を察した。

「しかし、そのエレーシー総司令官だって、シュビスタシアで生活してきたという話じゃないか。彼女がこの街の事を気にしていないなんて事、あるはずがないでしょう?」

「総司令官は、特にタミリアちゃんと仲が良かったから、余計に苦しむのよ……」

 これまで非常に熱い空気が流れていた部屋の中は、一転して冷たい空気に変わった。

「それはともかく、仮に総司令官が天政府に対して向き合い始めたとしても、貴女達の様な戦い方はしないでしょうね」

「えっ、何故?」

「何故って、私達が戦っているのは、天政府人の様に見えて、そうじゃないの。まあ、確かに、トリュラリアで旗揚げしたときにはともかく、今、私達が戦っているのは、天政府人じゃなくて、天政府軍であったり、地上統括府や天政府本部なのよ。私達が地上統括府を落城させた暁には、私達がこのミュレシアを統べることになる。その時に、天政府人とミュレス人が、ある程度は仲良くしておかないといけないの」

「天政府人と仲良く……?」

「ええ、じゃないとずっと応酬が終わらない、なんて事になるからでしょうね。だから、私達は一般の天政府人に対して、確かに暴力を振るわれるミュレス人と天政府人を引き離すような事はしているけれど、一般の天政府人を意図的に傷つけるような事はしてないわ。ましてや殺害なんてもってのほかよ」

「えっ……」

 エルダンディアはこの数日間行っていた自分たちの活動についてしっかりと批判を受けて思わず短く声を漏らした。

「確かに、私達ミュレス人が天政府人に虐げられてきたというのは、私も身を持って理解しているし、そういう気持ちも分かるわ。だけど、これだけの大所帯で『ミュレス民族』の看板を掲げながら、貴女達のような虐殺までしなくても、一般の天政府人に危害を加えたら、その後でどういうことを言われると思う?」

「その後で……?」

「ええ、その後。そうなると、我々ミュレス人がどう思われるかを想像してみるの。おそらく、天政府人には、私達が『野蛮な民族』だと受け止められるでしょうね。そうなれば、我々ミュレス人の統治能力を疑われたり、天政府人から多額の損害について責められる事もあるかもしれないわ」

「な、なるほど……」

 エルダンディアは、先程までの威勢を抑えて、ヴェステックワの意見に初めて納得した。

 その様子を見て、彼女はさらに続けた。

「貴女達は我々ミュレス大国軍とは無関係に動いているけれど、それを私達が主張したところで、それを天政府が受け入れてくれるとは到底思えないわ。むしろ、貴女達の暴動を鎮圧する為という大義名分を得て、軍備を増強してくるのも考えられるわ。そうすると、私達国軍がいざ再奪還に乗り込もうとしても、苦しくなってしまいかねないのよ」

「そ、それは……確かにそうかもしれないが……」

「それにね、私も暴動の最中で街の様子を見たけれど、あらゆる建物を破壊していってるじゃない?」

「あれは、天政府人の根城や政府関係の建物を狙っているだけだよ。ミュレス人の住居には手を付けてないはずだし、それで天政府軍の能力を削ることにもなるのでは?」

「でも、再奪還したら私達ミュレス人が使うのよ。それに、街中で火の手も上がっているわね。火を付けてしまったら、天政府人だけ狙っているつもりでも、ミュレス人が被害を受けている可能性もあるわね」

「うっ……それは……」

「確かに繁華街には天政府人が経営するお店も多いけど、再奪還したら貴女達市民も、その店や建物を使って商売を始めたり、役所仕事を始めたりしないと行けないでしょう? いざ再奪還して、そういう建物がなくなっていたら、私達はその建物を建てることから始めないと生活が成り立たなくなるのよ。それは手間でしょう?」

「それは、確かに……」

「ね、私達ミュレス大国軍の最終的な目的は、さっきも言ったけど、『地上統括府をこのミュレシアの地から撤退させて、ミュレス民族の国を再び興す事』。天政府人への直接的な復讐ではないのよ」

「え、そうなの?」

「そうよ。昔は、ミュレス人の国がここにあった。それが今や、私達は国を持たない民族になってしまった。だから、ティナやエレーシーが再びミュレス民族の国を作ろうと頑張ってきたのよ。だから、ミュレス民族の敵は、天政府人の『政府』と、それを守る治安管理隊、それに天政府軍といった『組織』なの。だから、仮に一般の天政府人が妨害してきたとしても、捕まえる程度に留めているわ」

「そうだったのか……」

 エルダンディアは、これまでの国軍の事を全く知らなかった事を改めて痛感し、自分の頭の中を整理していた。

 その上で、エルダンディアは再び、市民としての意見を述べ始めた。

「なるほど、貴女達国軍がどういう思いでやっているかは分かった。でも、私達市民としては、とにかく、天政府人から離れて暮らしたいってのがあるんだよ。このシュビスタシアは、中央ミュレシア一の都市だから、ここが再びミュレス人の手に帰ってこなければ、天政府人の束縛から逃れることは出来ないと思うんだよね」

「まあ……そうね」

「ところが、貴女達ミュレス大国軍の、シュビスタシア防衛部隊の動きもそうだけど、その上にある総司令官達の隊の動きも不透明だから、とっても不安だよ」

「うーん、それもそうね……」

「だから、まあ、確かに私はこの暴動の『首謀者』ではあるけれど、たとえ私がいなくても、貴女達が動かない限り、私達を止めることは出来ないと思うね」

 エルダンディアは、国軍側の意見を受け止めた上で、市民側の思いを伝え終わると、足を組みながらヴェステックワの様子を伺った。

「なるほど、私達の動きも、本隊の動きも見えない、か……本隊とはいくらか話はしているわ。言ったかもしれないけど、貴女を探したのも、本隊からの指令もあってのことなの」

「本隊……総司令官の部隊か……」

「ええ、そうよ。それに、今戦うなら、やっぱり天政府軍に絞って戦うべきだと思うわ」

 ヴェステックワはそこまで言うと、再び立ち上がってエルダンディアを見下ろした。

「貴女達の、天政府人と離れたい、ミュレス民族の仲間を思う気持ちは、多分、我々国軍とも同じよね」

「え、まあ、そうだね……」

「貴女達の装備だけでは、民間人は倒せても、天政府軍は倒せないわ。ここは一つ、私達と一緒に天政府軍を倒して、シュビスタシアを再奪還するというのはどうかしら?」

 ヴェステックワはエルダンディアに手を差し伸べた。

「大国軍が……力を貸してくれる……?」

「ええ」

 エルダンディアは、一転、晴れた顔になって席を立った。

「それでシュビスタシアがミュレス民族のものになるなら……是非、軍の力をお借りしたいね」

「そうとなれば、決まりね。よろしく」

「こちらこそ、よろしく」

 エルダンディアはその手を握り、お互いに抱き合うと、今度は穏やかに部屋を出て、話し合いの場を防衛部隊長の部屋に場所を移すことにした。

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