一七八 数ヶ月間の状況と今後
「さてと、総司令官の挨拶も終わったことだし、せっかく遠いところから来てくれたんだから、それぞれの街の現状について報告してもらいましょうか」
早速、統括指揮官のフェルファトアはナンバー2として場を仕切った。
「誰か、発表しますか?」
フェルファトアの問いかけに、すぐさま手を上げたのは、シュビスタシア市長のヴェステックワであった。
「はい、どうぞ」
「はい。シュビスタシアの現状ですが……こう言っては何ですが、シュビスタシアは天政府軍の攻撃を受けて……落ちている状態です……」
「えっ?! 落ちているって?!」
「はい……」
「それじゃあ、シュビスタシアの軍はどこで、何を……?」
「シュビスタシアの防衛部隊は、現在、地下に避難して活動しています」
「そ、そうか……しかしあのシュビスタシアが……」
エレーシーは非常に多くの犠牲を払ってまで勝ち取ったシュビスタシアがまたもや天政府人の手に渡ってしまったことに非常に大きな衝撃を受けたようで、頭を抱えながら話を聞き続けた。
「それだけじゃなく、対岸のトリュラリアも天政府軍が占拠しています」
「ト、トリュラリアもか……」
エレーシーが考えていた以上の報復を天政府軍から受けていることに驚きを隠せなかった。
そして、衝撃を受けているのはエレーシーだけでなく、トリュラリアやシュビスタシアの奪還作戦に携わっていたエルルーアやアビアンも同じように落ち込み、会議の場には、新総司令官を祝う雰囲気から一転、重い空気が流れ始めた。
「あ、あの……こんな雰囲気で言うのは何だけど……」
そこで、ヴェルデネリア市長を務めるエルーナンが手を上げた。
「ヴェルデネリアは……」
エルーナンの言葉に、フェルファトアがいち早く反応した。
「えっ?! ヴェルデネリアも?!」
「いや、ヴェルデネリアは天政府軍の攻撃は受けた。しかし、何とか防衛は出来たということで……」
「ああ、良かった……」
フェルファトアはそれを聞いてほっと心を撫で下ろした。
「いや、良かったとは言っても、攻撃を受け続けている限り、いつ落ちるか分からないよ。兵力も減ってくるし……それに商人はポルトリテでも天政府軍との防衛戦があったと聞くし……」
「そ、そうなの? うーん……それは、早いうちにどうにかしないといけないわね……」
そこに、エレーシーが割って入った。
「うん、早いうちにこの戦いは集結させないとね……とはいえ、今は天政府軍が有利になっている。今、停戦を要求しても、そんなに有利な方向にはいかないだろうね」
「そう?」
「今、ポルトリテはともかく、第二の都市シュビスタシアは天政府軍の手に落ちているし、ポルトリテもヴェルデネリアも攻撃を受けている。一方、こっちは大した攻撃が出来ていない。ここで停戦協議を設けても、向こうはこれ以上仕返しされないうちに停戦しておこうとこちら側が考えているように受け取るかもしれない」
アビアンはエレーシーの話を聞いていて、「ミュレス大国軍側が厳しい局面に置かれているのは確かなのでは……」と思ったが、黙って話を聞き続けた。
そこで、情報部隊長のハルピアが手を上げた。
「情報部隊からの話だけど、やっぱり、天政府軍の中でも、前総司令官が暗殺されてから、私達が全く進軍していなかったということから、かなり気落ちしていると見て、活動するなら今が好機だという雰囲気になっているようですよ」
「やっぱり、そうか……」
エレーシーは窓の方を眺めながら呟いた。
「やっぱり……私はティナを失った悲しみから、しばらく塞ぎ込んで、とても進軍する気にならなくなっていたけれど、それも天政府軍の掌の上だったとすると、何とも悔しいし、兵士の皆にも申し訳ないなあ……」
彼女は小さく呟いたつもりだったが、静かになっていた会議の場では割と大きく響いていたようだった。
その言葉を聞いて、エルルーアが優しく声を掛けた。
「もう……過ぎたことだわ。そんなに振り返っても仕方がないじゃない……」
「そ、そうね。エレーシー、感傷に浸るのもいいけど、少なくとも、これ以上、天政府軍の手に落ちる都市を増やさないようにしないといけないんじゃないかしら?」
統括指揮官のフェルファトアは至極真っ当な意見を出した。
「そ、そうだね。うん、そのためにも、天政府軍の活動を止めるための何らかの策が必要になる。何か、考えてみよう」
エレーシーの言葉に、参謀達はめいめいに腕を組みながら、唸り声を上げつつ、何かいい案はないかと考え始めた。
「都市を防衛するという事を重視するのであれば、それぞれの都市に部隊を派遣するというのはどうでしょう?」
ハルピアが真っ先に案を出した。
「部隊って、本隊から?」
「ええ」
「うーん……でも、それだと本隊の戦力を削ぐことになるし、最終目的は地上統括府の制圧だから、本隊の活動を続けるには難しいんじゃないかしら」
ハルピアの案は、フェルファトアによって却下された。
「そうですか……」
「でも、天政府軍に奪われたシュビスタシアとトリュラリアは取り返したいですよね」
次は、ワーヴァが問いかけた。
「うーん、まあ、確かに。特にシュビスタシアみたいな大都市はしっかりと抑えておきたいね。それに、その大街道での影響力は強めておきたいし……」
エレーシーは、ワーヴァの案に一定の理解を示していた。
「それじゃあ、どうする?」
あらゆる案を一つ一つ検討していった後、フェルファトアが締めに入った。
この言葉に応えるように、エレーシーが立ち上がった。
「これまでの話をまとめると、やはり天政府軍の側に傾いている流れを、こちらに一気に引き寄せる事が大切だということだ。
天政府軍の攻撃を受けている各都市だけど、シュビスタシアでは、イシェルキアの件で分かったことだが、天政府軍が地下組織を結成しているように、こちら側も地下組織を結成している。本隊は、その地下組織の応援もする。
しかし、本隊は本隊で、地上統括府を打ち崩すべく、しっかりと進軍していくことが重要になる」
「なるほど……両方行っていくということですね」
「ある意味、平凡な案ではあるけど、こうやっていくしかない」
「それじゃあ、この方針で行くということで、良い?」
フェルファトアの言葉に、否定の声を上げるものは誰一人としていなかった。
「じゃあ、この方針で行きます。以上!」
フェルファトアが会をお開きにしようとした所で、エルルーアが手を上げた。
「待って。この会議で、シュビスタシアとトリュラリア、その他ポルトリテやヴェルデネリアが大変な目にあっていることに始めて気がついたわね。もうちょっと早くに知っていれば、何か行動を起こすことも出来たかもしれないと思っているわ。それに、こんなに重要な事をここで知ったということに驚いているわ。何か、即座にとは言わないけど、何かあった時に連絡が出来るように出来ないかしら?」
エルルーアの指摘は真っ当なことだと、エレーシーをはじめ幹部たちはうなずいた。
「そうだな……それには……」
エレーシーは顎に手を置き、しばらく考えた。
「よし、それには、各市町村に『鳥』を置こう」
「『鳥』?」
「天政府人の中には、ミュレス大国軍に理解を示してくれている者も少ないながらもいることにはいる。その人達に協力してもらって、何かあった時に本隊に伝えてもらうんだ。そうして、本隊と市町村の連携を密にしよう」
「分かったわ。それじゃあ、情報部隊を中心にその整備をお願いするわね」
「はい!」
ハルピアはエルルーアに指示されると、元気よく答えた。
「それじゃあ、この会はお開きにします。皆、集まってくれてありがとう」
フェルファトアの言葉とともに、参謀会議は終了した。
集まった市町村長達は、皆それぞれの場所へと帰っていた。
これから、この参謀会議で決まった通り、シュビスタシアでは地下組織を中心とした活動が、そして本隊では地上統括府陥落を目指した進軍が、また始まろうとしていた。
ついに、フィルウィートを発つ時が訪れようとしていた。




