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ミュレス帝国建国戦記 ~平凡な労働者だった少女が皇帝になるまで~  作者: トリーマルク
 第六節 力なき民族は如何にして力を得るか
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一七 壁を挟んで

 二人が出ていった後に残されたのは、ほぼ初対面のフェルファトアとアビアンであった。

 アビアンは依然、布で身体を拭きながら、その時を待っていた。


 エレーシーが持っていた2つのろうそくの内の1つが部屋に残され、金属の山のそばで静かに自らの役割を果たしていた。


 沈黙が続く中、フェルファトアは徐ろに立ち上がり、山の周りに散らばった剣や防具を集め始めた。


 アビアンもそれに気づき、二人で協力して大量の武器を穴の脇に移した。


 二人は結構な時間がかかったと思い込んでいたが、意外にも船はまだついていないようだった。


「……アビアンは、なぜこの話に乗ったの?」

 沈黙に耐えきれず、フェルファトアが口を開いた。


「それは……やっぱり不安だからかな」


「でも、貴女はエレーシーやティナと違って、『夜の仕事』で天政府人からたくさんお金を引っ張ってきてるんでしょう?」


「それでも、いつか止めないといけないでしょ? 大体、この仕事を引退した後ってうまく行ってる人を見たことがあまりないんだよね。エレーシーみたいに、頭がいいけど生活を良くしたいから始めたって子はいいんだよ。他に仕事のなり手があるからね。それでも、私みたいに頭も悪くて、力も弱くて、この道しかない人は、引退したら天政府人の奴隷になるしか無いの。いくらお金があっても、私達ミュレス人は、天政府人の上に立つことはできないんだよ……」


「天政府人の小間使いって聞いたけど?」


「体のいい奴隷よ、あれは。」


 ミュレス民族の中でもエリートの象徴かの如く、地上統括府市の教育院内で働いているフェルファトアは、あまりの境遇の違いを感じて、ただただアビアンの話を聞くしかなかった。


「その日が来るのが一日、また一日と近づいてくるのを意識しながら働いていると、とても悲しくなってくるんだ。だから、エレーシーから、あの本を読ませて貰ったときに、この、見えてる未来を変えたいって、強く思ったの。だから、この話に乗ったんだ」


「へえ、意外としっかりしてるわね」


「『意外と』って何? 『意外と』って」


 そうこうしている内に、突然水面が揺れ、やがて金属と金属が擦れる音がした。


「船が向こう側についたんだわ」


「本当に?」


「多分」


「なんとなく不安ね……」


「じゃあ、次は泳いでみる?」


「え?」


「この冬に海なんてって思ったけど、さっき落ちた時は意外に暖かかったし、ちょっとなら大丈夫そうじゃない?」


 それは寒いところにいすぎて感覚が麻痺しているのではと思ったが、どうせ止めても好転しないようが気がしたので、とりあえず好きにさせることにした。


「まあ、アビアンがやりたければ……」


「じゃあ、待っててね」


 そういうと、アビアンは徐に濡れた服を脱ぎ、水の中へ恐る恐る足を入れた。


 アビアンは水の中に入り、その深さを再認識した。

 頭を完全に沈めてもまだ足は地面に達しなかったので、勢いをつけて床の縁に手を置いて上がると、大きく息を吸い、再び暗い水の中へと潜り込んだ。


 壁の下側を手で後ろに送りながら泳いでいくが、すぐに手から壁が離れた。


 アビアンは壁が途切れたところで、ここが外かと思い、勢いよく浮上した。


「あ、アビアン」


「あ、エレーシー」


 建物の外には予想通り、ティナとエレーシーが漕ぐ小舟が待機していた。


 エレーシーは手を止めている中、ティナは潮に抗うために一生懸命櫂を動かしている。


「棒を投げちゃったんだけど、分かったんだね」


「アビアン、寒くないの?」


「ティナ、この子は身体が丈夫なの」


「あ、せっかくだから、アビアン、武器を持って泳いできてくれないかしら?」


 ティナは腕を動かしながらアビアンに指示を出した。


「じゃあ、とりあえず行ってくるね」


 アビアンは再会の言葉も少なに、直ぐに水の中へ戻っていった。




 フェルファトアは、全くの闇が広がっている水の奥を心配そうに見つめていた。


「アビアン、大丈夫?」


 その時、水に波が立つやいなや、アビアンが顔を出した。


「ただいま」


「あ、アビアン! 無事だったのね」


「私は無事だよ。それに、エレーシー達も向こう側にいたよ」


「それは良いわ。早速、武器を渡しましょう」


「私に任せて」


「え? まだ泳いでいくの?」


「その方が早いでしょ?」


 フェルファトアはアビアンの根性に感心しながら、頭の中の作戦をさっさと切り替え、剣を5本鞘に収めて渡した。


「うわ、重っ……」


「アビアン、大丈夫?」


「まあ、水の中に沈めれば大丈夫でしょ。じゃあ、行ってきます!」




 アビアンは、建物の内外を都合10往復程度繰り返し、武器を小舟に積めるだけ積んだ。


「さすがにもう積めないわね。これ以上積めると沈んでしまうわ」


「まあ、最初の目論見ぐらいは積めたんじゃない?」


「そうね。じゃあ、私達はトリュラリアの船小屋まで行きましょう」


「アビアン、ありがとう。フェルファトアに伝えておいて。今日は一旦解散しようって」


「分かった。エレーシー、頑張ってね」


「アビアンもね」


 エレーシーは体勢を立て直し、必死に櫂をひたすら動かして舟を前へ前へと進めていった。


 アビアンもエレーシーを見送ると、再び建物の中へと潜っていった。


「アビアン、本当にお疲れ様」


 アビアンは建物の中の水から上がると、身体を拭くのも程々に、直ぐに床の上に寝そべった。


「こんなに泳いだのは久々だよ。もう疲れちゃったな」


 フェルファトアは僅かばかりの布を手にし、アビアンの身体を拭き始めた。


「ありがとう、フェルファトア」


「アビアンがこんなにがんばってくれたんだから、これぐらいしないといけないでしょう。それに、もうすぐここから出ないと、もう夜が明けてしまうわ」


 夜明けの一言を聞くやいなや、アビアンはその日最後の気力を絞って立ち上がり、服を着直した。


 水気を含んだ衣類に不快感を抱いたものの、すぐに気を取り直し、フェルファトアとともにろうそくの火を頼りに来た道を引き返し、裏口の錠を締めたのをしっかりと確認すると、倉庫を後にした。


 シュビスタシア特有の山風が吹く度にアビアンは突き刺すような痛みを感じながら、一歩一歩、自宅へと足を進めた。


 その間に2つばかりの事を祈っていた。


 道中で天政府人に遭わないこと。


 そして、エレーシー達が道中でトラブルなく、苦労して集めた武器を船小屋に収めて帰って来ることだった。

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