一七五 新しき総司令官
「……これで多少は落ち着いたかしら……?」
エルルーアは姉の墓参りから戻ってくると、エレーシーの様子を伺った。
「まあ、多少はね。それよりも、エルルーアはどうなの?」
「ええ、私も……多少は……」
アビアンが言っていたとおり、暗殺者を処刑したことで、多少は気持ちがスッとはしたのだが、やはり悲しみは残るものであった。
しかし、何万もの兵を従える自分たちが、身内の死にいつまでも拘り、ましてやこれ以上巻き込んでしまうようなことがあってはいけない。
そんなことは、もちろん承知してはいたのである。
「……よし、ともかく、これで一区切りがついた。一旦、軍を整え直そう」
「……整え直す?」
エレーシーの提案に、エルルーアが聞き返した。
「天政府軍には、『総司令官』がいる。私達にはいない」
「ええ、そうね」
「少なくとも天政府軍と対等以上になくてはならない以上、私達には『総司令官』が必要だよ」
「なるほどね」
「でも、現場での指揮や作戦を纏めるためにも、統括指揮官も必要になる」
「確かにそうね」
「だから、ここで話をしておこうと思う」
「話を?」
「いずれ、全国の防衛部隊を指揮している参謀にも話をしないといけないけど、とりあえずは主力部隊に随行している軍幹部で、そのあたりの役割を改めて振っておきたいと思ってね。ほら、今までは『異常事態』だったじゃないか」
エルルーアは戦闘状態にある今はいつでも異常事態じゃないかという考えがふと頭をよぎったが、それは一旦飲みこむことにした。
「確かに、姉さんが居なくなって、総司令官役は皆で何となくしていたけど……」
「だから、それを決めるためにも、幹部で集まって話をする必要があるんじゃないかなと思ってね」
「それは確かにそうね。それじゃあ、明日にでも、市役所で開きましょうか」
「そうだね、そうしよう」
彼女達は決まるとすぐに、護衛とともにアビアンやフェルファトア達幹部の宿泊所を周って明日の会合について伝えた。
そして翌日、夜が明けるとすぐに、朝も早くから主力部隊に随行している軍幹部とフィルウィート市長が市長室へと一堂に会し、臨時の幹部会が開かれた。
「さて、本題に入る前に一応報告しておくけど、昨日、ティナを暗殺した犯人をこのフィルウィートまで呼び寄せて、処刑しました」
エレーシーの言葉に一同がざわついた。
「処刑って、どういう風に?」
「私は知らないけど、エルルーアがやってくれました。まあ、エルルーアは言いたくないみたいだから、これ以上は言わないけど」
「それでいいわ。ともかく、そうなると、これで私達も少しは心の整理がつくかしらね」
「そうだといいけどね。それで、話なんだけれど……」
エレーシーはせっかくティナに思いを馳せている皆の話を申し訳なく遮った。
「そうだったわね。今日はなんでまた臨時の幹部会を?」
フェルファトアはエレーシーの顔色を伺いつつ尋ねた。
「そう。ティナを暗殺した犯人を処刑したことで、心の穴はなんとか埋まったかな……と思うんだけれど、埋まっていない穴がもう一つある」
「埋まっていない穴って……あっ、そうか」
フェンターラはその話を聞いてはっとした。
「姉さんの『役職』よ、ね」
タミリア姉妹の間で話をしながら、エルルーアは最後にエレーシーに話を振った。
「そう、『総司令官』の役職が今、空いた状態になっているんだよ」
「でも、せっかくこれまでティナが頑張ってくれたんだから、名誉として空位というのはどうかしら」
フェルファトアはまた別の観点から案を出してくれたが、それは既にエレーシーも考えていたことだった。
「それも良いかもしれない。だけど、相手の天政府軍には総司令官がいるらしいんだ」
「え、そうなの?」
「そうなのもなにも、この『総司令官、統括指揮官』という指揮体系の名前は、天政府のものをしたものだもの」
フェブラのちょっとした疑問にエルルーアが噛み付いた。
「うん。それに、この市役所などに残された資料などを見てみると、『天政府軍総司令官に……』という記述が出ることがあったから、そうなんだろうと思うんだけど、そうなれば、やっぱり総司令官空位というわけには行かないかなあと思うんだよね」
「そう……?」
幹部の一部はエレーシーの主張がどうもピンと来ないらしく、首を傾げながら聞いている人もいくらか見られた。
「ほら、ルビビニアのウェレア様も仰ってたじゃないか。『見栄』というのが必要なんだよ」
「『見栄』……」
「今後、交渉することがあったとして、『こっちは総司令官で、そちらは統括指揮官ですか? 』ということになる」
「あの天政府人の言いそうなことだわ」
「だから、向こうが総司令官を出してきたときは、こちらも総司令官を出して初めて、ようやく対等……に扱ってくれるかな? まあ、ともかく、いないよりかは相手にしてくれる確率が上がると思うんだ」
「なるほどね」
「だから、ティナの後に誰かが総司令官になる必要があると思うんだけど……」
「そうね……しかし、そうなると誰が良いかしら……」
エルルーアは腕を組みながら前かがみになり、他の人の顔色を伺いながら呟いた。
その後、しばらく沈黙が続いたが、フェルファトアがその沈黙を破った。
「私は……統括指揮官のエレーシーがそのまま繰り上がるのがいいんじゃないかしら、と思うんだけど……」
「なるほど、そのまま繰り上がりね……」
エレーシーはそれを聞いて腕を組んで悩むような素振りを見せた。
繰り上がるとなれば、それはつまり、自分が総司令官に就くことを意味する。
それまで「統括指揮官」という2番手の名称に愛着があるわけではないが、心の奥底でそれに甘えていたのではないかというところがあり、いまいち自分から頭を縦に振るというのもためらわれた。
「でも、私もそれが一番だと思うな。それに、エレーシーはティナさんと仲が良かったし、ティナさんの考え方とかも理解していたでしょ? やっぱり、ティナさんの遺志を引き継げる人が、総司令官になる方が、兵士の皆にとっても、軍全体にとっても良いんじゃないかなと思うのよね」
フェルファトアの意見に対して、アビアンはさらに付け加えてまで賛同した。
「ティナの遺志……か……」
平和な世界、民族の明日。
それがティナの望んだ世界であった。
なるほど、仲間たちとともにそれを実現させる。
それが次の総司令官に任される事かと、エレーシーは改めて思い直した。
「そうね……その辺りはやっぱり、立ち上げた当初の一員であるなら、私達よりもより深く話はされているわよね……」
エルルーアも彼女達の考えに協調し始めた。
「それじゃあ、私は改めてエレーシーを総司令官に推薦するけど、他にエレーシーを推薦する方は?」
フェルファトアは座り直して正式に意見し、他の人に問うた。
「はい」
「はい」
「私も」
次々と手を上げていくうちに、なんとエレーシー以外の全員が手を上げた。
「……エレーシーはどうするの?」
呆気にとられているうちに、アビアンから声を掛けられた。
「うーん……」
「『自薦』というのもあるんじゃない?」
自薦。
全員が手を上げている現状、そしてティナの遺志を継ぐ義務。
それらを勘案していると、自らを推すというのもいいのかなと思えてきたのであった。
「それじゃあ、私が総司令官に……」
そう言いながら、エレーシーは手を上げた。
「それでは、満場一致で、エレーシーが次期総司令官ということで」
フェルファトアがそう告げると、全員から拍手が送られた。
「では早速、新総司令官としての意気込みでも……」
「よし……」
エレーシーはすっくと立ち上がり、全員の顔をひとまわり見回してから話を始めた。
「改めて、新しく総司令官に選ばれました。これから宜しくお願いいたします。前任のティナの遺志を引き継ぎ、ミュレス民族の平和、平穏、天政府人からの解放、そして、民族が自分で自分の事が決められる、民族の明るい明日が一日も早く迎えられるように……ここで大きく減速してしまったことを今ここで反省し、また、一日も早い打倒地上統括府を実現するべく、総司令官の任務を全うし、ミュレス大国軍の進撃を導くことを、ここに誓います」
エレーシーが話し終わると、その場にいた全員が拍手で彼女の強い志を認めた。




