一七三 対面
「統括指揮官! イシェルキアの身柄を確保し、只今フィルウィートまで戻ってまいりました!」
中央部隊長のハルピアが、フィルウィートに戻ってくると真っ先にエレーシーの元にやってきて、報告を行った。
エレーシー達にとっては、いつかと思っていた報告であっただけに、皆それを喜んで讃えた。
「よし、それじゃあ、一応聞いておくけど、皆、これからどうする?」
「どうするって、処刑する以外に何かあるの?」
エルルーアは疑問をエレーシーに投げかけた。
「何か有効活用できないかなと思って」
「有効活用?」
エレーシーの言葉に、幹部達はまた考え始めた。
そこで、真っ先に手を上げたのは、フェルファトアであった。
「それじゃあ、フィルウィートからノズティアまでの広範囲にわたって制圧出来ているわけだし、地上統括府撤退の交渉材料に出来ないかな?」
このフェルファトアの提案に、待ったをかけたのはフェブラであった。
「でも、こちらは総司令官を取られているわけですし、こちら側の敗戦だと思われかねませんかね」
「うーん……フェブラの言う通り、それはちょっと難しいかもしれないね。それに、確かに一度はフィルウィートからノズティアまで取ってるけど、それから数ヶ月経ってるし、今もちゃんと勢力を維持できているかは分からない。それに、天政府軍や地上統括府に何か伝手がある訳でもないし……」
「そうか……」
フェルファトアが引き下がると同時に、エルルーアはまたも強く出た。
「彼女は処刑すべきだわ。私達の総司令官が殺されたんだから、その報いを受けさせるのよ」
「エルルーア、分かったから……それじゃあ、処刑する方向で進むということでいいね」
エレーシーは幹部全員の顔を見回して、合意を図った。
「はい」
幹部達もそれに賛同したことで、処刑に対して全員の合意が得られた。
「それじゃあ、行こうか」
エレーシーはそういうと、エルルーアを連れて市長室を後にした。
「ほら、出て」
アルトゥ・カル・ファッタファを出て数日後、車はフィルウィートの門をくぐり、北の門から抜け、海の見える丘の上にある、まるで倉庫のような小屋の前で止まった。
あれからずっと車に揺られ、イシェルキアもすっかり大人しくなっていた。
ファッタファでの威勢はどこへやら、今度は引き摺り降ろされるようにして車を降りた。
二人がかりで両脇を抱えられて小屋の中に入っていった。
「さあ、そこに座って」
しかし、イシェルキアは座らなかった。
これまで流れに身を任せるように連れてこられたのが嘘だったかのように、兵士達に反抗した。
それとも、ここで座らされることで、これからの運命がどうなっていくのか、察したのかもしれなかった。
ここで座ってしまったら、二度と立ち上がることはできないだろう。
そんな生に対する執着が、一秒でも長く彼女を立たせたのだろうか。
「そうか、そうか。だが、座ってもらう」
イシェルキアは膝の裏を軽く蹴られ、押さえつけられ、強引に座らされた。
石が敷き詰められた小屋の床は、冷たく、硬かった。
「くっ」
彼女が声を漏らしたのは、膝から伝わる痛みのためだけではなかった。
あれだけ上位に立っていた自分が、今は彼らよりも下に見られている。
天政府人としてこれまで生きてきて、最大の恥辱を受けている気分であった。
気づくと、彼女の目には涙が浮かんでいた。
栄光から一転、冷たい床の上に座らされている自分の何と惨めなことかと心の中から溢れるものがあった。
「統括指揮官がご到着です」
一人の兵士が入ってきて、既に中にいた兵士に話をすると、一回頷き、彼女の両脇に二人残して、後は部屋の隅に並んだ。
そして、扉が再度開き、エレーシーが姿を表した。
彼女の目の前で、高貴なる者の象徴である外套を翻し、彼女に地位の差を見せつけた。
エレーシーはコツ、コツと静かな部屋の中で唯一とも言える音のように、床の音を響かせながら、ゆっくりとイシェルキアの目の前まで歩き、そしてそこで立ち止まった。
物音も立てずにイシェルキアの方を向くと、二回咳払いをして、これまた厳かに話を始めた。
「はじめまして。私はミュレス大国軍統括指揮官のエレーシー・ト・タトーというものだ。貴女は……イシェルキアで合っている?」
「……」
エレーシーの言葉にイシェルキアは返さなかった。
天政府人である彼女にとって、目の前にいる人物がミュレス民族の統括指揮官であっても、いや、それだからこそ、返す口など持たなかった。
正確に言えば、持ちたくなかった。
「……」
エレーシーは慈悲深く回答を待った。
二人の間の沈黙は、たとえ数十秒であっても、それが永遠に続くとさえ思われた。
むしろ、イシェルキアにとってはその方が良かったのかもしれない。
しかし、エレーシーは言葉を発した。
「貴女がイシェルキアであることは、貴女の『友達』からも聞いている」
エレーシーは、街中で出会ったあの男の話を切り出した。
その一言が、イシェルキアの心をさらに抉った。
「なぜここに連れてこられたか、分かるね?」
「そんなの、分かるものか!」
イシェルキアはここに来てまでも強がった。
「はい」の一言を言う事こそが、彼女にとって敗北であったのだ。
「いや、分かってるはずだよ」
「なっ?!」
エレーシーはイシェルキアの言葉に動じることなく、少し近づいてまた話し始めた。
「貴女は、このフィルウィートの北、大街道の路上で、私達の総司令官を、弓矢でもって射殺した。そうだね」
「何故、そう言い切れる!?」
「話によると、貴女は元々、天政府軍の弓矢部隊にいた。それが、ついこの前に特殊部隊へと異動になった。その特殊部隊では、暗殺などの特殊任務を担当するそうだね」
「……くっ!」
「しかも、貴女は最近、天政府軍のお偉方も褒めて下さる程の、大手柄を立てたとの事だ。その大手柄が何なのか、今の天政府軍の状況を考えれば、話は簡単な事だ」
「……」
「さあ、どう?」
「……」
場は再び沈黙が支配した。




