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一七〇 潜入調査

 建物の玄関から裏に回ったところまで歩いてくると、二人はふと立ち止まった。

「シュトアーリア、どう思う? 塀の向こう側は……」

「はい、誰もいないと思います」

「そうだよね。……よし!」

 レヴィアは小さく決心の言葉を呟くと、塀に手を掛け、勢いよく飛び上がり、回転しながら塀の向こう側へと着地した。

 シュトアーリアもそれに続き、レヴィア程の身のこなしは出来なかったものの、わたわたと塀を上がって乗り越え、レヴィアに手を引かれて敷地内に着地した。

「さあ、早く中に入ろう」

「はい」

 二人は誰かに足音を聞かれないように、ソロソロと歩きながら、侵入できそうな窓を探すために建物の外周を、窓の中を確認しながら進んでいった。

 しばらく神経を研ぎ澄ませながら行動していると、とある窓が目に入った。

 そこはどうやら廊下ではなく部屋の窓で、中に人の気配は無いようだった。

「どう? ここは」

「いいかもしれないですね」

「よし……入ろう」

 二人は近くに人の姿が無いことを確認すると、窓から静かに室内へと入っていった。

「よし……ここは?」

 僅かな月明かりが部屋の中を照らしていた。

 室内には、いくつかの棚が据え付けられており、様々な物で溢れていた。

「ここは……倉庫、ですかね……」

「うーん、どうもそうらしい。頻繁に使うような部屋だとまずいな……誰かが来てしまう」

 二人は部屋の中を見渡して、もしも誰かが来たときに身を隠す場所をサガシていた。

 部屋の中には、棚にも物があるが、床にも多くの物が置いてあったが、書類や道具などが大半で、食料などは置いてなかった。

 それに、最近動かされたような形跡があったのは僅かなものであった。

 レヴィアは、頻繁には使われないだろうが、一日に一回は誰かが入ってくるかもしれないと考えた。

「これだけ荷物があれば、少し物が動いていても不自然じゃないかもしれない。ちょっと荷物を動かして、物陰に隠れよう。もし奥の方まで入ってきたら、一旦外に出る」

「はい」

 シュトアーリアはレヴィアの言う通りに目立たないところにある荷物を移動させて山を作り、その山に隠れるようにした。

「ここを拠点にしよう」

「でも、これからどうするんです?」

「まずは……この建物の見取り図か何か、構造がわかるものが欲しい。それからは、この中にいる天政府人の話を聞く。私達の目的は総司令官暗殺の実行犯について、名前と場所を知ること。それさえできたら、後は次の段階に移る」

「なるほど……私、なんだか緊張してきました」

「まさか、初任務がこんなに大事な任務になるとはね……」

「頑張りましょう、レヴィアさん!」

 シュトアーリアの励ましに、レヴィアは冷静に唇を指で押さえながら、周りの様子を伺った。

「……とりあえず、この中の文書を見てみよう。何か、建物に関する資料があるかもしれない」

「はい」

 そう言うと、二人は書物を開いて調べ始めた。

 そこに置いてあったのは、どちらかというと前の所有者が置いていったものが多かったが、見取り図のようなものは、その資料の中から見つかった。

「よし、なるほど……こうなってるのか……」

「どうですか?」

「部屋がどれだけあるのかは分かった。だけど、どれがどの部屋になっているのかは分からない……」

「そうですね……」

「仕方がない。実際に出て話を聞くしか無い」

「出て……?」

「そう。シュトアーリアは、私にぴったりくっついて来て」

 レヴィアはそう言うと、早速部屋の外に出て、廊下の物陰に隠れながら進んでいった。

 一旦二階に上がると、見取り図にあった天井裏に通じる部屋まで進むと、天井裏に上がり、廊下から話し声が聞こえないかと耳をすました。

 しかし、特にこれといった成果は得られず、元の倉庫へと帰ってきた。

 敗因は、二階にはあまり人がいなかったことにあった。

 レヴィアは、シェルヴェネルベデアでの作戦がここではあまり役に立たないのではないかと考えながら、眠りについた。

 レヴィアが眠りについている間は、シュトアーリアが起き、数時間経ったら監視役を交代するようにして体力を回復させ、朝が来ると、二人で再び行動を始めた。

 そして、建物の中で活動しているうち、天政府人が集まっている所が分かってきだした。

 やはり、「お堅い」場所では天政府人も言葉数は少ない。むしろ、上役のいないような場所が一番盛り上がるのだ。

 そう考えると、場所が限られてくる。

 一番最適な場所は、酒場である。

 だが、この建物の中には「酒場」というものはない。

 ここに集まっている天政府人が、一つの部屋に集まって勝手に盛り上がっているだけである。

 レヴィアは話が出るとすればここだと決め、何とかして話を聞くことが出来ないかと考えていた。


 そうこうしているうちに、また二日が経った。

 フィルウィートを発ってからの日数を考えると、もうそろそろ何か手がかりを掴んでおかないとまずいとレヴィアは考えていた。

 しかし、こちらの存在が気づかれることが一番避けるべき事柄であり、慎重さと素早さの間で悩んでいた。

「なんとかして、情報を掴まないと」

「でも……どうするんですか?」

「どうしようかな……よし、酒を持った天政府人がいたら、その人を追いかけよう」

「酒ですか」

「その人が入った部屋で、酒盛りが始まるに違いない」

「なるほど」

「さあ、今日の夜が勝負だ!」

 レヴィアは任務の早期遂行に静かに燃えていたようであった。


 やがて夜になると、建物の中は天政府人が帰ってきて多くなり、動きづらくなっていた。

 しかし、レヴィアとシュトアーリアは彼らの目をかいくぐって活動を続けていた。

「さあ、今日も宴会を……」

 期待しているレヴィアの前に、丁度、何かを抱えて廊下を歩く人の姿が見えた。

「シュトアーリア」

 レヴィアはシュトアーリアを手で招くと、二人で彼の後をつけて行った。

 すると、ある部屋の前に立ち止まり、扉を開けた。

「持ってきたぞー」

 彼は、部屋の中の人物に歓迎されて入っていった。

「シュトアーリア、隣の部屋はどう?」

「隣の部屋は……あの左隣の部屋は空いてそうでしたね」

「よし、慎重に入ろう」

 二人は隣の部屋に人の気配が無いことを確認すると、恐る恐る部屋の扉を開き、中へと入っていった。

 部屋の中は真っ暗で、しんと冷たい空気が流れていた。

 隣の部屋の声だけが、壁を通して漏れ聞こえていた。

「ここならうってつけだね。誰か来てもいいように、いつでも逃げられるようにしておこう」

「はい」

 二人は物音を立てないように壁際に移動すると、早速耳を壁につけて聞き耳を立てた。


 しばらくは、特に聞くべきでもないとりとめのない話や、レヴィア達には価値があるのかどうか、どういう意味なのかさえも分からない話が続いた。

 レヴィアは今日も何も情報が得られないかもしれないとため息をつき始めていた。

「そういえば、あいつはどうしたんだ?」

「あいつ?」

 レヴィアは話が変わったのを感じ取り、耳に神経を尖らせた。

「ついこの前までいたじゃないか、イシェルキアだよ」

「ああ、イシェルキアか」

「彼女なら、昨日ここを出たよ」

「出た?」

「彼女も忙しいんだ。特殊部隊は俺たちのような一兵士とはわけが違う」

 特殊部隊。

 レヴィアはその言葉にハッとした。

 ティナを襲った暗殺者は、天政府軍の特殊部隊の人物だと考えられていたことを、つい数分前に聞いたことかのように鮮明に思い出し、全身に寒気が走ったようだった。

「しかし、イシェリーも変わったよなあ」

「変わったか?」

「何というか、少し上から目線というか、何か鼻につくようになったんじゃないか?」

 天政府人の一人は、既に酔ってしまったのだろうか、軽い雰囲気で話の中心人物に対して悪口を披露し始めた。

「おいおい、イシェリーに何てことを言うんだ。彼女は彼女で、自分の任務を頑張ってるんだ」

「そうそう。軍幹部も褒める程の大手柄を打ち立てたそうじゃないか。立派だよ、彼女は」

「そうはいってもさ、元は俺と同じ射撃部隊だったんだよ。それが引っこ抜かれて、向こうで鍛えられるうちにすっかり冷たくなっちまったよ」

「あれが彼女の普通だと思ったけどなあ」

「そんなんじゃない。イシェリーは……元々優しい女だったんだ……」

 彼の呟きを残して、隣の部屋はしばらくしんと静まり返った。

「それで、イシェリーはどこにいるんだ?」

「さあ、次の任務を貰いにもっと南の拠点に行ったんじゃないか?」

「なるほどなあ、北はミュレス人がウヨウヨしてるからな」

「ま、今のミュレス人は何をするか分からんからな。戦闘はともかく、無駄に北に行くことはない」

「だな」

 レヴィアはここまで聞いて、聞くべきことは全て聞いたように思えた。

「よし、シュトアーリア。今すぐ脱出しよう」

「え? もうですか?」

「もう聞くべきことは聞いた。この部屋にも誰も来ないとも限らない。さあ」

「は、はい」

 二人はその部屋の窓から急いで屋外に脱出すると、再び塀を乗り越え、今度は走って宿屋まで戻っていった。

 自分達の部屋に戻ると、すぐさま作戦会議が始まった。

「彼らの言っていた事を繋ぎ合わせると、おそらくあのイシェルキアとかいう女が、総司令官暗殺の実行犯であることは間違いないんだ」

「そ、そうですね。天政府軍の幹部が褒めるほどの大偉業というのは、おそらくそれでしょうね……」

「それで、彼女はここからまだ南に下っていったということらしいね」

「ええ、そう言っていましたね」

「これはぐずぐずしてられないね」

「でも、近づいてきましたね」

「よし、私達も明日、また南に下ってみよう。何としてでも、彼女の足取りに一日でも早く追いつくんだ」

「はい!」

 二人は眠りもそこそこに、夜が明けるやいなや宿屋を飛び出し、脇目も振らずに大街道を南へ南へと進んだ。

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