一六九 シュモンシアの建物
シェルヴェネルベデアから西に戻り、再び大街道に入った二人は、そこから更に南に進み、メネレンニャハネヤとルモデネアでも同じように酒場で情報収集をしようとした。しかし、天政府人の姿は意外と少なく、前回のように天政府人から特にこれといった情報を得ることは出来なかった。
「やあ」
二人は、それよりも同じ(と思われている)行商のミュレス人と仲良くなっていた。
「このご時世でも、行商の活動は出来るんですか?」
「いや、出来ないよ。同じミュレス人が仕切っている街と街の間だけで商売を成り立たせるしか無い。天政府軍が仕切っているシェルヴェネルベデアやルータリアなんかでは通り過ぎることは何とか出来ても、大々的に商売は出来ない」
「そうなんですか……それは……」
レヴィアは申し訳無さそうに返事をした。
「ここから南の街の様子はどうなんですか?」
シュトアーリアの問いかけに、行商人は答えた。
「ここから南か……基本的にはミュレス人が仕切ってるから、商売は成り立つが……だが、最近どうもきな臭い。特にシュモンシア」
「え? シュモンシアが?」
「シュモンシアは、この数週間ぐらいで、天政府人の数が多くなってる。何故かは分からないが、あまり商売をやる雰囲気としては、あまり良くないな」
「なぜ多くなってると思います?」
「分からないけど……まあ、あそこは元々天政府人が仕切ってた街だし、新国(ミュレス大国のこと)の警備が手薄になったらまた天政府人が仕切りたいと思ってるんじゃないか? 天政府人は仕切りたがりだから……」
「そうですか……」
レヴィアは、行商人の話から、次の捜索の目標をシュモンシアに決めていた。
シュモンシアで天政府軍の拠点が地下組織的に作られつつあるとすれば、かの天政府軍の兵士が話していた「南の拠点」の話と繋がるからであった。
レヴィア達は、行商人の話を聞くやいなや、シュモンシアへと向かっていた。
季節は冬から春に変わり、十分暖かくなった頃で、夜も暖かくなっており、
それ故に非常に動きやすい時期でもあり、移動は割と順調に進んでいた。
シュモンシアという街は、フィルウィートやポルトリテといった大都市によく見られる壁に囲まれた街ではなく、非常に開かれた街である。
そのため、軍が拠点として使うには不向きではあったが、それでも、いくつかの話をまとめると、やはりこの街が天政府軍の拠点になっているのではないかという考えがレヴィアにはあった。
とはいえ、ミュレス大国軍が一度制圧した都市ではある。
軍は出入りの管理をするため、街の端には検問所を設けていたのだった。
「こんにちはー」
「あっ、アルシア隊長!」
「しっ、静かに」
顔なじみであった兵士と挨拶を交わしたレヴィアだったが、相手が思いの外盛り上がってしまったため、慌てて兵士に声量を落とすように伝えた。
「あっ、失礼しました。二人でこちらまで来られたということは、何か……?」
「いや、特に何もないよ。統括指揮官の命令でちょっと視察しに来ただけ。それで、最近どう? 何か変わったことはない?」
「変わったことですか? うーん……」
見張りの兵士は、しばらく何か無かったか、回答を絞り出そうとしていたが、ふとあることが思い浮かんだ。
「あ、そういえば、最近天政府人がフィルウィートの方から多くやってくるようになりましたね」
「天政府人が?」
「ええ。我々ミュレス人が、天政府人を足にして何か商売でも始めたんですか?」
「いや、そんなことは聞いたことがないけど……」
「そうですか……不思議ですね……」
「ふーん……何か怪しい感じはするけど……まあ、いいや。ありがとう」
「はい。お気をつけて!」
兵士はレヴィアに対して敬礼をすると、また自分の持ち場に戻っていった。
「彼は知り合いですか?」
「うーん、私の前の部隊の隊員だった子。シュモンシア攻略の後でこの街に置いていくことになっただけ」
「なるほど、そういう繋がりがあったんですね」
「まあ、今は関係ないけど。さて、宿屋を探しましょう」
「はい!」
レヴィアはシュトアーリアと一緒にシュモンシアの中の宿を探し始めた。
泊まる宿には、いくつかの条件を設けていた。
「2階以上あること」は、その条件のうちの一つであった。これがあることで、この街の宿の7~8割は選考から外れるのであった。
「どこかいいところは……おっ、ここなんて良さそうじゃないですか?」
「どれどれ……うん、そうだね。ここにしようか」
二人は条件に当てはまる宿を見つけると、早速その中に入っていき、無事に2階の、街道に面した部屋をあてがわれた。
「さて、それじゃあ……」
レヴィアはそういうと、椅子を窓際に移動させ、そこに座るとじっと街道の方を眺め始めた。
「シュトアーリア、何か食べ物を買ってきて」
「そんなに長丁場になりそうですか?」
「多分ね」
「分かりました。買ってきます」
レヴィアはシュトアーリアに話をしているときも、通りから目を逸らさなかった。
彼女の目は獲物を見つけ、仕留めようとする狩人の目のようでもあった。
やがて、シュトアーリアが食べ物を買い込んで帰ってきたが、それでもまだレヴィアは窓際にいた。
「レヴィアさん、何か見つかりましたか?」
「うーん……何人か天政府人の姿は見かけるんだけどねえ……」
「天政府人ですか?」
「果たして、元々シュモンシアにいた人なのか、それとも……」
「うーん……」
「……シュトアーリア、ちょっと頼まれてくれる?」
「はい?」
レヴィアはシュトアーリアを招くと、声を潜めて話し始めた。
「ちょっと、天政府人の後をつけてくれない?」
「後をですか?」
「そう、何人か後を追ってみて、ここを歩いている天政府人がどこに行くのか、調べてみて欲しいんだけど……」
「分かりました」
「ありがとう。それじゃあ、誰を追うのかは私が指示するね」
「はい、承知しました」
シュトアーリアは買ってきた食べ物の置き場所をまとめると、いつでも外に出られるように準備をすると、窓の方に近づき、レヴィアと一緒に通りの方を監視し始めた。
「……よし、あの人を追ってみよう」
「はい!」
レヴィアの指示が出ると、シュトアーリアはすぐさま1階に降り、相手に分からないように物陰に身を潜めながら、その人の行先を調査した。
これが何回か続けるうちに、ある程度、この街の天政府人の動向が掴めるようになってきていたのであった。
「レヴィアさん、どうも天政府人の何人かは一処に集まってるようですよ」
「本当に!?」
「ええ、私が尾行した何人かは、皆その建物に入っていきましたから」
「それは、市役所とか、何か看板が出てる店とか、そういうのじゃないんでしょう?」
「ええ、そういう建物とは違います。大通りからちょっと外れた所の建物なんですよ」
「建物……?」
「はい。あまり人気のない所なんで、変だなとは思ったんですが……」
「それ、何の建物なのかは調べてみた?」
「はい。といっても、昔は天政府人の商人が商売のために使っていたらしいんです。前はミュレス人が雇われて結構賑わっていたみたいですけど、解放後にはその人も商売をやめて、活気がなくなっていたみたいなんです」
「それが、今になって天政府人が出入りしていると……?」
「はい」
「ふーん……ちょっと怪しいね、その建物。……よし、行ってみようか」
「はい!」
そう言うと、二人は早速通りの監視を止めて、少しばかりの食べ物を手に取ると、現場に急行した。




