一六七 シェルヴェネルベデアの酒場
そうこうしているうちに、シェルヴェネルベデアでの調査も3日目となった。
行商が一つの街でじっとしているのも変なので、もうそろそろ他の街に行ってみようかと思いながら、二人はこれまで通り、特に毒にも薬にもならない話をずっと続けながら、暗殺者の情報が聞こえないかずっと聞いていた。
「ねえ、シュトアーリア。あれ……」
「はい?」
シュトアーリアが振り向くと、入り口から入ってくる天政府人の姿が見えた。
「どう?」
「いい話が聞けるといいですけどね……」
二人は入ってきた天政府人を見極めると、再びとりとめのない話を続けた。
「ミュレス軍が……」
ふと、聞き覚えのある単語が二人の耳に飛び込んできた。
「……それじゃあ、出発しようか」
「そうですね」
突然、二人は席を立ち、店の奥の方に入っていった。
しかし、ただ店を出ようとしたわけではなかった。
店の奥から天井裏に上がると、天政府人の真上に位置を取り、彼らの会話に耳をそばだてた。
「知ってるか? ミュレス民族の軍隊のこと」
「何を?」
「フィルウィートからずっと出てこないらしいぞ」
「フィルウィートから出てこない? 何でまた」
「それは分からないが……」
「……あれじゃないかな。向こうの頭が取られたという……」
「ああ、そういえばそうだったな」
「それが結構な痛手で出てこれないんじゃないか?」
「ミュレスの軍の総司令官ってそんなに力あったのか?」
「さあ……」
「そういえば、フィルウィートの北の、レウベディエントで暗殺されたんだったよな」
「ああ」
「誰がやったんだ?」
「まあ、我が軍の特殊部隊だろう。もちろん、相手の総司令官を取ったとなっちゃ、それなりの褒美は頂いたんだろう」
「そりゃいいな」
「それに見合った仕事をしてるよ」
「それは違いない」
天政府人の二人は、一瞬無言になって酒を煽ると、さらに続けた。
「だが、フィルウィートの部隊はどうしたんだ?」
「一回、フィルウィートを取られたからなあ。ベーセレア(フィルウィートより北の街)やシュモンシア(フィルウィートより南の街)とかに匿ってもらってるんじゃないか?」
「なるほど。やっぱり大街道沿いになるんだな。まあ、こっちにはミュレス軍は来ないだろうよ。こっちに来ると地上統括府からも援軍が来る」
「それをミュレス軍が知っていればな」
「知らなきゃ来るかもしれないな」
そこで、二人は何か食べ物に手を付けると、再び酒を飲み進めた。
「ところで、そのミュレス軍の総司令官を殺した人物って、特殊部隊の誰なんだ?」
「それは俺にも分からないな。俺が知ってるのは、地上統括府直属の精鋭部隊の一人だって事ぐらいだ」
「地上統括府直属か。さすが、ミュレシアの首都防衛部隊は違うな」
「でも、今は地上統括府にはいないという話だ」
「そうなのか?」
「ああ。あまり大きな声では言えないが、我が軍は南側のどこかに、小都市奪還のための拠点を作ってるんだ。どうやらそこの拠点に詰めているらしい」
「それはまたどうして?」
「もしミュレス軍が攻めてきたら、今度は2番手を狙うんだろうな」
「上から狙うのか」
「1番手と2番手を失えば、もはやミュレス軍は頭の無い軍になる」
「なるほど。しかし、そうのこのこやってくるかね?」
「ポルトリテでもフィルウィートでも、主力部隊の指揮をその場で取ってたというから、おそらく来るだろう。そこを狙うんじゃないか?」
「そういうことか。あ、勘定」
「はーい」
彼らは会計を済ませると、上機嫌で店を出ていった。
そして、彼らの話を聞いていたレヴィア達は、早速天井裏から抜け出して、宿へと戻った。
「さっきの人、絶対に天政府軍の兵士だよね」
「『我が軍』とか言ってましたもんね」
「その暗殺者、南の拠点にいるって言ってた?」
「どこかに拠点を作ってるって言ってましたね」
「……よし、ここでは聞くことは聞いたね。早速移動しよう」
「どこへ行くんですか?」
「また大街道に戻って、南下しよう。そうすれば、いずれ天政府軍の地下拠点にたどり着けるはずだよ」
「はい!」
二人は明日の朝、シェルヴェネルベデアを出る決意をした。




