一四四 門は突破したものの
「あ、そうだ。フィルウィートに詳しかったあの兵士……」
エレーシーは門の裏で身を潜めつつ、かつて偵察に向かわせていた兵士の事を思い出した。
「エレーシー、やっと市内に入れたわね」
その横から、ティナも門を潜り抜けてやってきた。
彼女の傍らには、先程思い出していた兵士の姿もあった。
「あ、貴女は……」
「ここからは彼女の力が必要になると思って、探したわよ」
「さすがはティナだね。私もちょうど、彼女を探していたところだよ」
「それは良かったわ。あの中じゃ、ちょっとやそっとじゃ見つからなかったでしょうね。そういえば、エルルーアは?」
「エルルーアなら、突撃部隊と一緒に先に行ってるんじゃないかな?」
「でも、市役所の場所は知らないんでしょう?」
「ああ、そうか」
エレーシーはティナの指摘にハッとした。
「貴女、市役所まで案内できるわね」
「はい!」
ティナの連れてきた兵士は、快く返事をし、エレーシー達を先導した。
「姉さん、ちょっと待って」
ティナ達が先導されながら市内を走っていると、途端にエルルーアから声をかけられた。
声のする方を見ると、エルルーアは建物の陰に隠れて広場の方の様子を見ていた。
「エルルーア、どうしたの?」
「うーん、市内に入ったのは良いけれど、どうも天政府軍も向こうから狙ってきているみたい」
「向こうから?」
ティナが周りを見回すと、突撃部隊は全員身を隠していた。
兵士の話では、市役所はまだ遠くにあるとの話であった。
「これまでは門を突破したら、あとは市長を捕まえるか、市役所を占拠するかして市を奪還するのが続いていたけど、さすがに天政府軍も考えたみたいね」
ティナは、門を越えた後は特に何もなかったポルトリテなどの戦いとは変わって、市街戦を展開しないといけない状況になり、他の幹部と再び考えることにした。
「それじゃあ、向こうは今も隠れているってこと?」
「そうね。この前にこれ以上進んだけど、すぐに矢が飛んできたからとりあえず隠れて様子を見ているけれど、向こうはいろいろと飛んでくるから厄介よ」
「でも、このままこうやって隠れ続けているわけにもいかないわね……」
ティナの言葉を最後に、エレーシー達はしばらく腕を組みながら頭を突き合わせて考え続けた。
「とりあえず、向こうから物にしろ、人にしろ、飛んできた時に迎撃できるようにしておこう」
エレーシーの言葉にティナが思いついたのは、アビアンが率いる弓矢部隊であった。
「そうね、そのためには……アビアンの弓矢部隊を少し分けてもらいましょうか。エルルーア、ちょっとアビアンに話を通してもらえるかしら?」
「分かったわ、姉さん」
エルルーアは返事をすると、すぐさま身を隠しつつ後ろへと戻り、アビアンを探していった。
「エレーシー、弓矢部隊を連れてきたよ」
しばらくして、アビアンがエレーシー達に合流した。
そして、弓矢部隊のうちの一部も配置についていた。
「ありがとう、アビアン」
「でも、どうしたの? 結構苦戦しているとか?」
「この向こうに広場があるだろう?」
「そうだね」
「その向こう側に天政府軍が控えているみたいなんだ」
「えっ、そうなんだ」
「エルルーアの話だとね。要は、どっちが先に進むかって話なんだけど、もし向こうが上から来たら、弓矢部隊の出番って事」
「なるほど、そういうことね。分かった、攻撃できるようにしておくね」
そういいながらアビアンはしばらく離れ、そして帰ってくると、幹部たちは一様に壁越しに向こうの様子を見つめ続けた。
人一人として、歩いてはいけない。
厳戒態勢のフィルウィート市街には、そのような張り詰めた空気が漂っていた。
戦争の渦中でなければ沢山の人で賑わっていたであろう広場は、しんと静まり返っていた。
エレーシーはこの状況に苛立ちすら覚えていた。
この均衡状態をいつまでも続けていてはいけないし、相手に先手を取られてもいけないと考えていたからだ。
「……弓矢の一本でも撃ってみようか……?」
「いや、もうちょっと待ってみましょう」
「でも、きっかけが……」
「今、ワーヴァに増員用の部隊を集めてるから、それが終わったら行きましょう」
ティナとエレーシーは向こう側の様子を見ながら、お互いに制止しながら時機を伺っていた。




